見慣れたはずのドアなのに、なぜだか鍵が開けられない。

数ヶ月ぶりのぼくの居場所、は「おかえり。」と言ってくれているのに、
離れていた時間は素直に「ただいま。」と言わせてくれない。

あと一歩。の自分の中の壁を乗り越えることができなくて、
躊躇いがちに何度も伸ばした手を、きゅ。と握り締めた。

「あーあ。ぼくがお帰り。を言ってあげたかったのになあ。」

部屋で待っていることを諦めて、トン。とドアにもたれる。

「大ちゃん、今日も遅いのかな・・・。」

NYにいる時は、大ちゃんのただいまコールが、モーニングコール代わりだった。
毎日、その日にあったできごとを話してから、出かける毎日は、心が弾んだ。

(すぐ傍にいるのに)

こうやって一人ぼっちで待つ時間というものは、とても時間が経つのが遅く感じられる。

「あ。雪・・・・。」

ぼんやり。と真っ暗な空を見上げていると、ふわふわと白い結晶が落ちてきた。

「・・・どうりで、寒いはずだ。」

急に身体の寒さを実感して、ぶるっ!と震える。
一人ぼっちの時間が、夜の闇の心細さと相まって、心の中から冷えていたのだと思っていたのだけれど。

「初雪。なのかな・・・。」

(大ちゃんも、見てる?窓の外)

まだ稽古場だろうか。
それとも、もう電車に乗ってる?

何にもないように見える空から湧き出るように次々と舞い降りてくる雪を眺めながら、
愛しい待ち人を想う。


「・・・ただいま。まお。」

ふいに声をかけられて、心臓が飛び上がるぐらいびっくりした。
だって、今までずっと頭の中でリフレインしていた声だったから。

「・・・どした?そんな幽霊にあったような顔して。」
「・・・あ。うん。本物。だよね?」

ああ。久しぶりに見る大ちゃん。
ぼくの記憶よりも、少し引き締まって見える。
隙のないしなやかな色気をたたえながらも、ぽん!と頭をなでてくれる手も、笑顔も蕩けるように優しい。

「・・・だろ?」
「・・・うん。」

しっかりと瞳を覗き込まれ、声が震える。

「あーあぁ。こんなに冷たい手しちゃって。部屋で待ってればよかったのに。」

俺の両手を大ちゃんの掌が包み込み、ちゅ。と指先にくちづけられる。
今まで散々ドアノブを握ることをためらっていた指先がぱぁっ!と温かくなり、じんじんと痺れる。
お互いの手袋が擦れるもどかしさも、やっと会えたじれったさに似ていて、涙が溢れた。

「だって・・・。」
「ん?」

「なんだか、入りづらかったんだもん。」

目頭がどんどん熱くなってしまうのを感じながら、やっと一言だけ伝える。

「ばーかっ。お前の帰る場所はここしかねーだろ?」

じわ。とあふれ出してしまった涙を隠すように、大ちゃんの広い胸に抱きとめられた。


「うん・・・。」


冷たい大ちゃんのコートに頬を押し付けながら。

厚い布地の向こうで確かに息づいている心臓の鼓動に、優しく包まれるのだった。



「・・・ただいま。大ちゃん。」




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またまた、お絵かきアメンバーさんのくるかおちゃんのイラストより///

ほんと、彼女のイラストは心の中がほわん。とあったかくなって、情景が浮かぶものばかりで^^

お話かきさんとしての私を刺激してくれます^^