「ところで、今日は恋人を見せびらかしにきたの?」
「・・・それもちょっとあるけど。」

と、言葉を切ったところで、薙に小突かれる。

「もうっ!素直だなぁっ!いつから大輔そんなキャラになったんだよ。」
「いや。話には続きがあるんだよ。今度の試合は、まおにとっては初めての芝コートだからな。シューズを選びに・・・。」
「なんだっ!ちゃんとお客として来たんじゃん。それならそうと早く言ってよね~~。」
「お前が脱線したんだろーがっ!」
「ええっ。俺のせいかよ~~。」

ブツブツと文句を言いながらも、軽口をたたけるのが嬉しい。とばかりに笑いながらむくれている。
お前のほうこそ、そんな可愛い表情したっけよ。とか突っ込みを入れながら、薙の後を追う。

「芝コートは滑りやすいからね。グリップの効いたヤツがいいんだけど・・・。
でも、あんまりききすぎてると、遠くのボールを拾うのに足が滑らなくてスライドがきかない。」
「・・・俺、前衛なので、細かい動きに対応できるほうがいいです。」
「・・じゃ。グリップ強め。かな。」

何種類もあるシューズの中から、ひとつを取り出してまおに渡す。

「わっ!重い。」
「靴底を強化してるだけに、ちょっと重量あるかもね。ちなみに、芝コートはスタミナ消耗しやすいから気をつけて。」
「・・・へえ。そうなんですか。」

まおに色々とレクチャーしている姿は、頼もしい店員さんににしか見えない。
自分だって教師になるだなんて、夢にも思っていなかったのだから、未来なんてわからないものだ。

「大人になったなあ。薙。」

汗だくになって全国制覇することだけが、人生の目的だと信じて疑わなかったあの頃。
薙の左目が視力を失って、現役を奪ったことで人生全てが終ってしまったように感じていた。

それでも今、お互いにこうやって幸せな満ち足りた時間を過ごしている。

純粋でひたむきで、真っ直ぐなところが10代のいいところだと思うけれど、同時に些細なことで壊れてしまう硝子のようなもろさも持っている。
責任感ゆえに家庭のことを自分一人で抱え込んで、下手をすればテニスを辞めてしまいかねない勢いだったまおが、心を開いてくれて心底よかった。と思う。

「・・・じゃあ、これにします。」

薙の提案したシューズの中から、イエローグリーンのラインの入った一足を選ぶ。

「かしこまりました。」

奥に引っ込んだ薙が、箱に鮮やかな赤いリボンを掛けて戻ってくる。

「・・・なんだ?これ。」
「俺から、大輔のことを好きになってくれたお礼。」

「・・・え??」

全く状況の飲み込めていないまおがきょとんとしている。

「頭ガチガチのお馬鹿さんはねえ。君の事好きなくせに、教え子を好きになったら駄目だろ。って泣いてなんだよ~~。」
「泣いてねーよっ!!でたらめ言うな。」

「7年も自分のせいにして追い詰めて、責任感強すぎるんだよ。・・・覚悟しててね。きっとまお君も、好きと告白したからには、責任とって嫁に!とかって思ってるよ。この人。重くなったら、いつでもふっていいからね~。」
「・・・薙っ!!!」

まおは。と言えば、きょとんしていた表情から、みるみるうちに頬を上気させている。

「・・・なんだか、いい関係ですね。・・・ちょっと、妬けます。」

俺には、こんな表情見せてくれないから。と口の中でつぶやく。
俺のことを弄り倒している薙のこの態度が、妬けるだと?
薙のことは、幼馴染で親友だ。と説明しているだけに、嫉妬するような関係じゃないとわかってるだろ?
と言いたくなる。

・・・でも、わからなくはない。

俺だって、無邪気にじゃれあうお前と馬場を見て嫉妬に狂いそうになった。

「・・・10年後のお前と馬場も、きっとこんな感じだろうと思うぞ?」
「・・・そっか。そうですよね。」

ストン。と理解できたように、まおがぱあ!と表情を明るくする。



「ところでさあ~~。」

薙がまおの腕を引いて店の隅に連れてゆく。

「・・・もう、手出された?大輔って、手が早いことで有名だったんだよね~~。」
「・・・・薙っ!!!!」

今度こそ、余計なことをしゃべりすぎる自由奔放な口を塞いだ。

「ちょっと荒れてた時期だけだかんなっ!基本的には一途とゆーか。そもそも、本気になる相手がいなかったとゆーか・・・。」

焦っていい訳する俺に、まおのぽつり。とつぶやいた一言が、突き刺さった。

「・・・先生って、意外とスケベなんだね。」