「終電なくなちゃうぞ。」
「ん・・・。わかってる。」

肌を重ねあわせて、共有できるぬくもりを手放したくない。

その心を抱き締めたい。その肌に触れたいと願い続けて、やっと叶った願い。
じっと俺を見詰めるまおの瞳に心が揺らぐ。

「ほら。支度しろよ。」
「ん・・・。」

寂しそうに、悲しそうに、切ない瞳をすがりつかせてくる。

----そんな瞳で見るな。

視線をそらしたくなってしまうけれど、余計にまおが辛くなってしまうだろうから。
ベッドからすり抜けると、毛布ごとまおを抱き締めて額にくちづけた。

「・・・親御さん、心配するだろ?」
「・・わかってる。」

きちんと遅くなる。と連絡を入れているとは言え、まだ実家通いの未成年だ。
離しがたいけれど、せめて日付けが変わる前に家に送り届けなければ後ろめたい。
・・・ただでさえ、ちょっとご両親のことを思うと、まおを抱いていることに責任感を感じるのに。
せめて、俺が恋人である。という以外の心配を少しでも軽くしてやりたい。

「ほらほら。早くしないと、電車の中でおねむになって乗り過ごしちゃうぞ。」
「・・・っ!今日はだいじょうぶだもんっ!」

10頃にはまぶたがとろん、としてきてしまうまおが、この間終電間際に家路について、電車の中で居眠りしての乗り過ごしてしまったのだ。

シャツに袖を通したまおの瞳は、引き止めてほしいのに。と訴えかけているけれど、気がつかないふりをして腕をつかむ。
女の子ほど華奢ではないけれど、大人の男ほども骨ばっていないスラリとした腕。
この腕が先程まで俺にすがりついていたのかと思うと、愛おしさに胸が締めつけられる。


ぽてぽてと人気のない道を並んで歩く。
駅までの道のりが空に浮かんだ月まで続けばいいのに、と願いながら。
限られた時間なのに、交わす言葉がみつからない。
何か言葉を発してしまえば、「離したくない。」と言ってしまいそうで。

焦ってはいけない。

まおのご両親の信頼を勝ち取り、認めてもらうまでは。


ホームに滑り込んできた電車のライトの眩しさに、目をつむる。

一瞬光を失っただけなのに、まおを見失ってしまうような心細さを感じて、焦燥感に駆り立てたれる。

「・・・まお?」
「ん?なあに?大ちゃん。」

すぐ側でまおの返事があったことに安心する。

「じゃあ。またな。」
「うん。今度はいつ会える?」

「またスケジュール決まったら連絡する。」
「・・・待ってるからね。愛・・・・。」

語尾がアナウンスにかき消される。
まおの唇の動きを追っていると、電車の扉が閉じた。


カタン・カタン。と音を立てて去りゆく電車の後ろ姿が消えてゆくのをいつまでもながめていた。



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「ま~~おっ!まだ10時だぞっ?おねむの時間には早いだろーがっ。」
「うるさいよっ!ロケ帰りだから疲れてるのっ!ねむいのっ!」

肌布団にぐるぐる巻きになって肌に触れる隙さえ作ってくれない。

「まおちゃ~~んっ。だって、俺3日間も我慢してたんだぞ?」
「3日ぐらい平気でしょ!?」

「平気じゃないよ~~。寂しかったよ~~。」
「ああっ。もう暑苦しいっ!」

肌布団ごと抱き締めて後頭部にキスを落とすけれど、頑なに背中を向けたままぎゅっと瞳を閉じている。

「しょうがないなあ・・・。」

意固地になっているまおを、諦めたふりをしてベッドから離れてソファで本を読むふりをする。
暫くじーっと微動だにしなかったまおが、そろそろと肌布団から瞳だけ出してこちらを伺う。
澄んだ黒い瞳は、すがりつく子犬のようだ。


構い倒したら意固地になって殻に閉じこもるくせに、構わなかったら不安になって這い出てくる。

「・・・やどかりみたいだぞ。お前。」

視線がぱちんと合って、くすっと笑うと、かあぁっ!と真っ赤になって布団にもぐりこんでしまう。

「ほら。まお。本当はかまってほしいんだろ?」
「・・・・・。」

布団の上から抱き締めてやると、今度はじーと固まったまま黙っている。
素直になれずにじっと待っている狭い殻の中。

まおの世界。

「・・・昔は、早く帰れ。って言ってたくせに。」
「・・・はあっ!?」

「もう、10時だから、お子様はおねむの時間だろ。って追い出されてた。」
「・・・っ!?」

何年前の話をしているのか。
まだ、根に持っていたのか。

・・・それで、拗ねてこの態度。

「お前、かっわいいなあっ!!」
「かわいくないもんっ!!」

ばっ!と布団をはいででてきたまおの唇にすかさずキスをした。

「も~~。離してやんないっ!」
「苦しいよ~~。だから、寝るんだってばっ!」

ぎゅうぎゅうと抱き締めると、バタバタと逃げようとするまお。

「本当は眠くなんかないんだろ?」

疲れてるのも、眠いのも本当かもしれないけど。
きっとそれ以上に今は俺に抱きしめられたい。と思っているはず。

「んんっ・・・。んっ・・・・。」

あの頃よりも随分と骨ばった手首を、逃げられないように両手で閉じ込めてくちづける。

まおの熱っぽくあがってくる吐息を唇で奪う。


「もうっ。明日寝坊したら大ちゃんのせいだからねっ!」

うるうると恨めしそうに睨んできた真っ黒な瞳は、期待に潤んでいた。


「りょーかい。ちゃんと責任もって起こしてやるよ。」



ぼくのシンデレラは、朝になっても魔法が解けないシンデレラになった。