ギイイーーー。
映像のように透明感のある見た目に反して、鉛のように重たい扉が、重厚な音を立てて開く。
「・・・なんだ?これ・・・。」
無限に広がるように見える空間の壁も、床も、天井も。
全てがクリスタルでできていて、キラキラと虹色に輝いている。
夜更けに設定されているはずの時間は、ここでは意味を成さないように別時空が流れている。
一歩部屋に脚を踏み入れると、壁一面のクリスタルにぼうっと人の姿が映し出される。
「・・・これ・・・?」
クリスタルに封じ込められた人間は、どれも息を呑むほどに美しい。
「死んでいるのか・・・?」
永久に時を止められ、眠っているようだ。
そっと、壁に手のひらを這わせて観察すると、胸郭こそ動いていないが、血の通った美しい透明感のある肌に、
艶やかにぬれた薔薇色の唇。明るいとび色の髪。
もしくは、ブラウンシュガーのように深みのある滑らかな肌に、くっきりと意思の強そうな眉。
人形かと錯覚をおこすような長い睫毛。
様々な、世間では美しいと称されるような外見の彼らには無数のシリアルナンバーが記されている。
「もしかして、産みの親ってやつか・・・?」
美しさと感度のよさだけに特化したDNAをもつ肉体。
ここを住処とする彼らは、ここから生み出されたのかもしれない。
ツクリモノのこの世界の中に生きていても、それなりに馴染んでしまえば現実のものとなってくる。
ツクリウモノに慣れているはずの俺でさえ、自分がツクリモノであるような浮遊感を覚えて、吐き気と眩暈を覚える。
ふらふらとふらつきながら、この世界の終わりを見ようとさまよっていると。
白い髭を蓄えた老人に出会った。
「久しぶりだな。大輔。」
「・・・誰・・・??」
激しい頭痛に耐えながら、老人の差し伸べるしわくちゃの手のひらを見詰める。
「・・・もう、3年か。私のことなど、記憶の片隅にも残っていないか?」
ふふっと寂しそうに笑いながら、「そうぞ?」と促された背中に胸が締め付けられる。
とても温かくて居心地のよいものが、ここにあったような・・・・。
這うようにして、彼の背中を追う。
「・・・・あ・・・・。」
ぴちょぴちょと流れる水音。
色鮮やかに咲き乱れる花々と、艶やかに根をはる緑。
むっとするような濃度の濃い空気。
ぶんぶんとうるさい虫の羽音。
どこまでも青く澄み切った空と、深い蒼の海。
この景色を俺は知っている。
ツクリモノのスクリーンに映しだされる映像ではなく、手に触れて感じることのできる世界。
・・・そして、淡いトキメキ。
「・・・ま・・・お?」
激しい頭痛と嘔気が激しくなり、世界がぐるぐると回る。
頭が、割れるっ・・・!
床に倒れこみ、ガツン!と殴られるような衝撃があったかと思うと、一気にぱっ!と視界が開けた。
「・・・素晴らしいね。幼き純粋な心とは。」
はあ。はあ。と荒い息をつく俺を見て、老人が優しく微笑む。
「その名前を覚えてたんだね。」
「・・・だって、迎えにくるって約束した・・・。」
「成人してからここに来るのは、犯罪だよ?取り返しのつかないことになっても後悔しないか?」
「俺にとっては、晴れやかな素晴らしい世界じゃなかった・・・。博士の守るこの世界のほうがよっぽど魅力的だ。」
ここを卒業すれば、何不自由ない快適な素晴らしい未来が約束されている。と教えられて育った。
毎日が楽しくて仕方がない。と・・。
虚像だらけの世界に疑問をもたないように作られたはずの俺たち。
「・・・博士?俺、異端児だったみたいだ。」
「そうだな。お前はこの部屋に入り浸りだったもんな。」
一目を盗んでは、この部屋にやってきて、かつて存在した本物の惑星と言うもの心を馳せ、癒された。
ツクリモノのこの世界で、唯一信じられる本物は自分の感情だけだった。
淡い恋心を抱いたまおとのキラキラと輝く楽しかった日々。
「・・・博士?」
「・・・なんだい?」
「・・・まおは、まだここにいますか?」
時間の流れさえも、自由自在にコントロールされてしまう。
ここを出て3年。
まおも俺のことを忘れて、新しい世界で他の誰かと笑いあっているかもしれない。
思い出せた感動と、湧き上がる愛おしさ。
反する恐怖から、胸に熱いモノがこみあげてくる。
「・・・だいじょうぶ。彼は、明日ここを卒業する予定だよ。」
ああ。
間に合った。
それとも、この時間にここにたどり着いたことは、最初から決められていた運命だったのか。
強力に惹かれあった心が、俺をここにたどりつかせてくれたのか。
「まおに、会わせてもらえますか?」
「・・・犯罪者の協力はできないんだけどね。」
「せっかく記憶を取り戻したのに?」
俺のことを優しく穏やかに見詰める視線とは裏腹に困惑した表情を浮かべる博士。
「・・・そうだね。秩序だけを守って、ここで一人で暮らし続けるには、長く生きすぎたな。
お前は私の麻痺した心に明かりを灯してくれた少年だったよ・・・。」
「・・・博士?」
種の保存のからくりを無視して、かつて存在したblue planetの存在を守るためだけに自己再生を繰り返され、計りしれないときをたった一人で過ごしてきた。と聞いたことがある。
「どうして、そんなお別れみたいなこと、言うんですか?」
「犯罪者に協力した。と知れては、私だってここにはいられなくなる。・・・けれど、いい加減ここに住み続けるのも疲れてきた。」
「それは・・・。博士にも終わりがくる。ってことですか?」
「そうだね。自分の意思とは関係なく、生かされ続けた命がね。」
強い意志をたたえた瞳が、まっすぐに俺を見詰める。
ぽん!と肩をたたくとほっとしたような穏やかな表情でたずねられた。
「・・・思い描く世界と違ったとしても、本物を見てみたいか?」
「はい・・。」
本物の空を見せてあげる。
ずうっと、ずうっと一緒だよ。
幼き日々に交わした約束。
「では、就寝時間になったら呼んであげよう。」
ふたたび、時が動きだす・・・。
映像のように透明感のある見た目に反して、鉛のように重たい扉が、重厚な音を立てて開く。
「・・・なんだ?これ・・・。」
無限に広がるように見える空間の壁も、床も、天井も。
全てがクリスタルでできていて、キラキラと虹色に輝いている。
夜更けに設定されているはずの時間は、ここでは意味を成さないように別時空が流れている。
一歩部屋に脚を踏み入れると、壁一面のクリスタルにぼうっと人の姿が映し出される。
「・・・これ・・・?」
クリスタルに封じ込められた人間は、どれも息を呑むほどに美しい。
「死んでいるのか・・・?」
永久に時を止められ、眠っているようだ。
そっと、壁に手のひらを這わせて観察すると、胸郭こそ動いていないが、血の通った美しい透明感のある肌に、
艶やかにぬれた薔薇色の唇。明るいとび色の髪。
もしくは、ブラウンシュガーのように深みのある滑らかな肌に、くっきりと意思の強そうな眉。
人形かと錯覚をおこすような長い睫毛。
様々な、世間では美しいと称されるような外見の彼らには無数のシリアルナンバーが記されている。
「もしかして、産みの親ってやつか・・・?」
美しさと感度のよさだけに特化したDNAをもつ肉体。
ここを住処とする彼らは、ここから生み出されたのかもしれない。
ツクリモノのこの世界の中に生きていても、それなりに馴染んでしまえば現実のものとなってくる。
ツクリウモノに慣れているはずの俺でさえ、自分がツクリモノであるような浮遊感を覚えて、吐き気と眩暈を覚える。
ふらふらとふらつきながら、この世界の終わりを見ようとさまよっていると。
白い髭を蓄えた老人に出会った。
「久しぶりだな。大輔。」
「・・・誰・・・??」
激しい頭痛に耐えながら、老人の差し伸べるしわくちゃの手のひらを見詰める。
「・・・もう、3年か。私のことなど、記憶の片隅にも残っていないか?」
ふふっと寂しそうに笑いながら、「そうぞ?」と促された背中に胸が締め付けられる。
とても温かくて居心地のよいものが、ここにあったような・・・・。
這うようにして、彼の背中を追う。
「・・・・あ・・・・。」
ぴちょぴちょと流れる水音。
色鮮やかに咲き乱れる花々と、艶やかに根をはる緑。
むっとするような濃度の濃い空気。
ぶんぶんとうるさい虫の羽音。
どこまでも青く澄み切った空と、深い蒼の海。
この景色を俺は知っている。
ツクリモノのスクリーンに映しだされる映像ではなく、手に触れて感じることのできる世界。
・・・そして、淡いトキメキ。
「・・・ま・・・お?」
激しい頭痛と嘔気が激しくなり、世界がぐるぐると回る。
頭が、割れるっ・・・!
床に倒れこみ、ガツン!と殴られるような衝撃があったかと思うと、一気にぱっ!と視界が開けた。
「・・・素晴らしいね。幼き純粋な心とは。」
はあ。はあ。と荒い息をつく俺を見て、老人が優しく微笑む。
「その名前を覚えてたんだね。」
「・・・だって、迎えにくるって約束した・・・。」
「成人してからここに来るのは、犯罪だよ?取り返しのつかないことになっても後悔しないか?」
「俺にとっては、晴れやかな素晴らしい世界じゃなかった・・・。博士の守るこの世界のほうがよっぽど魅力的だ。」
ここを卒業すれば、何不自由ない快適な素晴らしい未来が約束されている。と教えられて育った。
毎日が楽しくて仕方がない。と・・。
虚像だらけの世界に疑問をもたないように作られたはずの俺たち。
「・・・博士?俺、異端児だったみたいだ。」
「そうだな。お前はこの部屋に入り浸りだったもんな。」
一目を盗んでは、この部屋にやってきて、かつて存在した本物の惑星と言うもの心を馳せ、癒された。
ツクリモノのこの世界で、唯一信じられる本物は自分の感情だけだった。
淡い恋心を抱いたまおとのキラキラと輝く楽しかった日々。
「・・・博士?」
「・・・なんだい?」
「・・・まおは、まだここにいますか?」
時間の流れさえも、自由自在にコントロールされてしまう。
ここを出て3年。
まおも俺のことを忘れて、新しい世界で他の誰かと笑いあっているかもしれない。
思い出せた感動と、湧き上がる愛おしさ。
反する恐怖から、胸に熱いモノがこみあげてくる。
「・・・だいじょうぶ。彼は、明日ここを卒業する予定だよ。」
ああ。
間に合った。
それとも、この時間にここにたどり着いたことは、最初から決められていた運命だったのか。
強力に惹かれあった心が、俺をここにたどりつかせてくれたのか。
「まおに、会わせてもらえますか?」
「・・・犯罪者の協力はできないんだけどね。」
「せっかく記憶を取り戻したのに?」
俺のことを優しく穏やかに見詰める視線とは裏腹に困惑した表情を浮かべる博士。
「・・・そうだね。秩序だけを守って、ここで一人で暮らし続けるには、長く生きすぎたな。
お前は私の麻痺した心に明かりを灯してくれた少年だったよ・・・。」
「・・・博士?」
種の保存のからくりを無視して、かつて存在したblue planetの存在を守るためだけに自己再生を繰り返され、計りしれないときをたった一人で過ごしてきた。と聞いたことがある。
「どうして、そんなお別れみたいなこと、言うんですか?」
「犯罪者に協力した。と知れては、私だってここにはいられなくなる。・・・けれど、いい加減ここに住み続けるのも疲れてきた。」
「それは・・・。博士にも終わりがくる。ってことですか?」
「そうだね。自分の意思とは関係なく、生かされ続けた命がね。」
強い意志をたたえた瞳が、まっすぐに俺を見詰める。
ぽん!と肩をたたくとほっとしたような穏やかな表情でたずねられた。
「・・・思い描く世界と違ったとしても、本物を見てみたいか?」
「はい・・。」
本物の空を見せてあげる。
ずうっと、ずうっと一緒だよ。
幼き日々に交わした約束。
「では、就寝時間になったら呼んであげよう。」
ふたたび、時が動きだす・・・。