「おつかれ~~。」
「お疲れ様です」

新入部員の影響で士気のあがった先輩どもは、自分が試合に出場しないというのに後輩たちのために遅くまで残って練習に付き合ってくれるようになっていた。

そこそこレベルのテニス部、と言えど、やはり試合前ともなれば否応ナシに緊張感も、気迫も高まる。

まおが定刻に先抜けして母の病院に通ってからも、練習はボールが闇に消えてしまうまで連日続いた。

人影もまばらな職員室で、ジャージのまま荷物をひき提げると、急いで車に乗り込む。


そろそろ面会時間が終る頃だ。


途中スーパーに寄って簡単に夕食の材料だけ買って、まおの母の入院している病院へと向かう。

正面玄関に着いた頃には、すでにまおが待っていた。


「ごめんっ!遅くなって・・・。」
「ううん。先生こそ忙しいのに、ごめなさい。」

俺を見つけるなり、ぱっ!と破顔するまおの笑顔に、胸がきゅんとなる。

「お前が謝ることないだろーっ?俺が一方的に頼れ。って言ってるのに。」

助手席に乗り込んできたまおの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。

「だって・・・。先生なのに、なんだか一人占めするのって悪いなぁ。って思って・・・。」

いつもじいいっと熱っぽく見詰めてくるくせに、こういう時だけは遠慮がちに視線を泳がせる。

「今は、先生じゃなくて、プライベートだろ?」

ぐっとかがみこんで、瞳とは裏腹に正直じゃない唇にキスを落とすと、かあぁ。と頬を染める。
・・・まったく、どうしてこうかわいい反応なんだろう。
毎日、気軽に好きだ。好きだ。と言ってくる女子生徒とは大違いだ。

「ほら。夕飯。」

仕入れてきた食材を、まおにぽん!と手渡すと、袋ごとぎゅううっと抱き締める。

「葱臭い・・・。」
「そんな抱き締めるからだろーがっ。」

袋から飛び出た葱に文句を言うところですら、愛おしくて仕方がない。
まおから母の体調のこと、治療のことなど聞きながら、アクセルを踏む。

「あっ。そういえば、先生。この前の授業の反応式さっぱりわかんなかった~~。」
「今度、XX学園と試合だよねっ。先輩に聞いても知らないって言うし。なんか、情報ありますか?」

敬語とタメ口の混じったような会話。

プライベートだから。と言いつつも、会話の内容が学校のことになると、やっぱり教え子なんだなあ。
と自覚せずにはいられない。

恋人を助手席に乗せて甘い気分に浸っているような。
教え子を助手席に乗せて、保護者として送り迎えしているような。

微妙な感情が入り乱れるけれど、
ただひとつ言えることは
「最高に幸せ。」
だということだ。