家に帰ってから、卒業名簿を引っ張りだして、薙の自宅の電話番号を調べる。

久しぶりに聞いた彼の母親は「あらあら、久しぶり。元気してた?」と朗らかに答えてくれ、
薙は、今はスポーツショップの店員をしてるのよ。と教えてくれる。

決意が揺らがぬうちに。

と、スニーカーを履き車のエンジンをかける。

ドキドキと心臓が脈打つ。

どんな顔で薙は迎えてくれるだろうか?
大学時代に偶然会った時のように、冷たい視線を送られるだろうか?
それとも、昔のように微笑んでくれるのだろうか?

どんな反応であれ、きちんと彼と向き合わなくてはならない。
そして、もう一度きちんと謝ろう。


緊張して白く色をなくした指先で教えてもらったショップのドアを開ける。

「いらっしゃいませー・・・。わっ!大輔っ!!」

人懐っこい笑みを浮かべて、旧友の訪問を喜んでくれる。

「ごめん。急に来たりして・・・。」
「いいよ。いいよ。すっごく嬉しいっ。店長、ちょっと休憩いいですか?」

奥を覗き込むと、白髪が混ざっているけれど、ずっとスポーツをしています。というようなスマートな店長が
タバコをくゆらしながら「いいよ。ゆっくりしておいで。」と返事をしてくれた。

・・・なんだか、いいところで働いてるなー・・・。

清潔感とアットホームな雰囲気のある店内を見渡して思った。



店の裏にあるベンチに二人で腰掛ける。

「びっくりした。来るなら連絡くれたらよかったのに。」

瞳をキラキラと輝かせて、興奮気味に話す薙の左目は、やっぱり濁っている。

「タバコ・・・いい?」
「あ。うん。別にいいけど。」

ためらいを打ちけすように、火をつける。
ふーっ。と大きく煙を吐き出してから、薙の左目を直視してから頭を下げた。

「ほんっと、ごめん。俺の不注意でこんなことになって。」
「えっ?あっ?・・・あー・・・。もしかして、目のこと??お前のせいじゃないって、ずっと言ってるのに・・・。」

「ああ。薙がそう思ってくれていることは、わかってる。けど、自分の気持ちの整理がつかないってゆーか・・・。」
「馬鹿だなあ。ほら。こうやって普通に楽しく仕事もできるし。・・・ほら、大学時代はテニスのマネージャーだってしてたんだから。」

「だけど、現役生活を奪ったことは確かだろ?」
「んー・・・。まあね。でも、俺としては大輔が自分を痛めつけて、俺から逃げてしまったことのほうがショックだったかなー・・・。ミスひとつで、簡単に壊れてしまうほどの関係だったのかな?って・・・。」

あ。どこかで感じたことのある感情・・・。

「それ、同じこと思ってたよ。俺。ミスひとつで、17年間の絆を俺の手で壊しちまったなーって。」
「そうだよっ。気にするな。って言ってるのに、勝手に自暴自棄になってさっ!!」

俺に対して薙が怒りを表してくれるのが心地よくて仕方がない。

「俺のせいで、あんなボロボロになっちゃったのかと思うと、無性に自分に腹がたってさっ!
大輔の指示無視して飛び込んだ俺が悪かったのにっ!!」

あれ?怒りの矛先は俺じゃないのか・・・??

「だから、謝るなっ。って言ってるのに、全然聞いてねーし。久しぶりに会ったら、どうしようもなくだらしなくなってるし。なんか、どうしたらいいのか、わかんねーよっ!」

薙の言葉が段々と荒くなってきて、やっと本音で話し合えた安堵感を覚える。

「ほんっと、ごめんな。あー・・・。謝ったら駄目なんだったっけ??
なんか、俺のせいで余計な負担かけてたみたいで・・・。」

「気にするな。」と何もなかったかのように笑ってくれていた陰で、彼も同じように苦しんでいたのかと思うと、
何故あのときにもっと言葉を交わしていなかったのだろうか?と思う。

「でも、こうやって会いにきてくれて、ほっとした。嬉しかった・・・。」
「ああ・・・。まおとタッキーのお陰かな?」

「・・・誰?それ??」
「んー・・・。職場の、あ。今俺高校教師してるんだけど、その同僚と生徒。」

「・・・そっか。いい友人がいるんだね。」

寂しそうな表情をした彼に、流れた年月の長さを感じる。

「・・お前もな。優しそうな店長さんじゃねーか。」

なぜだか、かあぁ。と薙が首筋を染める。

「えっ?何?もしかして、もしかする??」
「・・・うるさいよ。大輔。」

グーで拳を突き出して、胸を突かれた。

「いててっ。なあんだあ・・・。そっか、幸せなんだ。こっちは片思いだっつーのに。」

ぽろり。とつぶやいた一言に、薙が嬉しそうにキラキラと瞳を輝かせる。

「なになにっ!?好きな子いるのっ?」
「んー・・・。でも、教え子だし、男だしなあ・・・。」

「もしかして、さっき言ってた子??」
「ああ・・・。テニスがすっげー上手くて、真っ直ぐな瞳が印象的な・・・。って俺、何しゃべってんだ?」

「そっか、そっかあ・・・。やっぱり恋の力は偉大だねっ!その子のお陰で、俺と会ってもいいかな?って気になってくれたんだ??」
「うーん・・・。厳密に言うと、タッキーのお陰かもしれないど・・。」

「でも、よかった!少なくとも、前向きに考えられるようになった。ってことだよね。
ねね。写真とかないの??」
「だって、教え子だぞ?隠し撮りとかしてたら、犯罪じゃんか。」

「どうせ、教え子に恋をする時点で犯罪だよ。気にしない。気にしない。」
「いや。気にするだろー・・・。普通。っつーか、気にしないと駄目だろ?」

ポンポンとテンポのよい会話に心が和む。

心のうちに秘めることしかできなかったまおへの想いを、親友である彼に話すことができて心が軽くなる。


冷静沈着で、あらゆる可能性を分析して動いてしまう俺と、
感性のままにカラダが動く薙。

正反対のように見える性格が、コートの中では絶妙なバランスでお互い補い合っていた。


「じゃあさっ。集合写真でもいいや。今度教えてよ。」

嬉しそうに笑う薙の笑顔に驚くほど穏やかな自分に驚く。
二人に感じた嫉妬はやはり過去の残像であり、薙に再びあの頃のように自分だけを見詰めてほしい。
と思ったわけではない。

今、薙には新しい心を許せる相手がいて、穏やかに暮らしている。
俺も、新たに親友と呼べる友人がいて、薙の言葉を借りるならば恋をしている。
と呼べる相手がいる。

馬場を見て嫉妬したように、薙が誰かと笑いあっていると嫉妬するかと思った。

けれど、こうやってお互いに新たにできた親友や恋人のことを、心穏やかに報告できる。

息が詰まるばかりだったまおへの想いも、薙のあっけらかん。とした笑いに、
「好きになってしまったものはしょうがないよな。」と背中を押される。

感情を押し殺すよりも、たくさん会話をして理解しあったほうがいい。
傷つけることや・傷つけられることを恐れて逃げるよりも、真正面からぶつかったほうがいい。


「ま、そのうちな。」
「楽しみにしてるからねっ!」