「ほんと、何やってるんだろう。俺。」

罪悪感から逃げて、何も生み出さない生活を送って。
キラキラと輝いていた日々に亀裂が入ってしまったことに怯えて、修復するなんて不可能だと思い込んで。

どんなに傷がついても、人間というものは修復する能力を持っている。
俺の左腕も、
薙の心も・・・・。

完治しないのは、自分が癒されることを許せないだけだ。
薙は、とっくに許してくれいて、新しい未来に向かって歩き出していたというのに。

無邪気に笑いあい、共に上を目指した日々を忘れられずに過去の残像にしがみついて、
歩き出せなかったのは、自分自身だ。

アルコールにまかせて、過去の暴露話をしたこともあった。

そんな時に、理解者のような顔をして

「そうなんだ。友達大変だったな。でも、そのせいでテニスを続けられなくなったお前も、可哀想だな。」

と、逃げ続けている俺に共感してくれて、安心していたのかもしてない。

自分が駄目になることで、薙を傷つけたのと同じ分だけ、罪を背負えるのではないか。と・・・。


でも、そんなこと薙は望んでなかったんだ。

最初から、一言も俺を責める言葉を発しなかった薙。
自分が罪悪感から解放されたくて、いっそ責めてくれ、と願ったけれど、薙はそんなこと必要とせずに、
誰のせいにもせずに「ただの事故だよ。」と笑って立ち直っていた。

一緒に夢を実現させような。

そう誓ったあの夏の日。

視力を失ってしまったことで、ダブルスで全国制覇。という夢は消えたかもしれないけれど、
テニスという俺たちの存在意義を追いつづけることはできたのではないか?

離れてみて、随分と大人びた薙を見て、わかった。


「俺も、もう一度やり直せるかな・・・?お前に誇れるような生き方ができるかな・・。」


翌日には、入部届けを手に、大学のテニスサークルを訪ねていた。


人間というものは修復能力をもっている。


ただ、少しばかり、読みがあまかったらしい。


久しぶりに握ったラケットはしっくりと手に馴染んだけれど、シングル戦だというのにコート内に人がいる。
というのが、この上なく怖い。

誰もいないコートに思いっきりサーブを打ち込むことはできるのだけれど、
相手の動きを読んで意表をついたポイントに落とそうとすると、迷いが生まれる。

ストレートに軽いラリーを打とうとすると、自分のラケットが相手に向かって弾け跳ぶ残像が浮かぶ。

相手に勝つために、冷静に後ろから状況把握をし、迷いとか情けとかそんなものはなかったのに。

たまに読みを外しても、「ドンマイっ!気にすんなっ。」

と、薙が後ろを振向いて、にこっと笑ってくれたからすぐに平常心に戻れた。


なのに、今は揺れてしまう心を笑顔で癒してくれる相手がいない。


失ってしまったものの大きさに愕然としながら、それでも、テニスに関わり続けることが罪の償いのようにも、
自分を取り戻す唯一の方法のほうにも思えて。


就職と同時に、「テニスやっていたらしいね。顧問お願いできるかな?」という提案を迷わずに引き受けた。