腕のギブスが外れて、退院の日がくるまで俺は薙に会いにゆくことができなかった。

それでも、何も言わないまま自分だけ退院するのは、卑怯な気がして。
どうしても、自分の弱さに勝たないといけないような気がして。

俺のせいで失明させられたというのに、「お前のほうこそ大丈夫なのか?」と笑ってくれた薙に
向き合わないといけない気がして。


何度も前まできては、開ける勇気がなくて引き返した扉が目の前に立ちはだかる。
カラリ。乾いた音を立てて、薙の病室の扉を開ける。


「あ。大輔。ギブス外れたんだね。おめでとう。」
「ああ・・・。ありがとう・・。」

薙の目からも包帯は取れていたけれど、痛々しく紫色に皮膚の周りがうっ血している。

「薙。目、見えるのか・・・?」
「ん?光を感じるぐらいはできるよ?それに、片目だけだから、日常生活には不自由しないし。」

「ごめん。俺のせいで・・・。」

震える声をしぼりだして、やっと言うことのできた謝罪の言葉。

「・・・大輔のせいじゃないよ。」

膝の上で握り締めた両方の拳を見詰めたまま、ぽそり、とつぶやかれた言葉は、いっそ俺をざくり。と傷つけた。
どうして、お前のせいだ。と言ってくれないのか。
そうすれば、土下座でも何でもして許しを請うことができるのに。

「・・・テニスやめんなよ。」

うつむいたまま、薙が続ける。
痛々しいぐらいに張り詰めた空気のまま。

「・・・お前がいないのに、続ける意味がない。」

俺のせいで、選手生命を絶っておいて、自分だけのほほんとテニスを続けるなんてできるわけない。

「・・・なにそれ?哀れんでいるつもり?」

今まで穏やかに話していた薙が、きっ。と語尾を荒げ、俺をきっと睨みつける。

「違う。お前と一緒に夢を追いかけたかっただけで、俺一人だと意味がない・・・。
お前と、一緒に。ってことに意味があったんだから・・・。」

拒絶ともとれる薙の視線のキツさに怯みながらも、何とか返事をする。

「親切そうに見えて、残酷だね。」


きっぱり。と言い放った薙の光を失った瞳は、明らかに俺を責めていた。


ただ一緒にいたかっただけなのに。
幼いときからずっと一緒で、どちからが何かをやりたい。と言い出せば、「俺もする。」
といつも何をするにも一緒だった。

高校だって、頭のいい薙と一緒に進学したくて、必死に猛勉強した。
大学だって、テニスの強いことで有名なところに二人ですすもう。って約束もしていた。

なのに、一回のミスでこんなにもあっけなく崩れてしまうものなのか・・・。
あの時、俺がラケットを手放さなければ。

何度も自分を責めた言葉を反芻してみるけれど、過去は取り戻せない。


薙が言った「テニスやめるなよ。」という一言が、耳にこびりついて。

一回だけラケットを握ったことがある。


左腕の傷は完治しているはずなのに、思いっきり打ち込もうとすると、視界いっぱいの薙が蘇ってボールがラケットに当たるインパクトの瞬間にラケットを落としてしまう。


「・・・先生。痛みに対する恐怖よりも、薙を傷つけた恐怖のほうが重症です・・・。」


痛くもない肘を押さえて、たった一人きりのコートで声を押し殺しながら泣きじゃくった。