オリエンテーションが一通り終って、通常授業が始まる。

俺の担任は、1年3組。教科担当は化学だ。
タッキーの担任は、1年7組。教科担当は歴史。

今は、7組の授業に来ている。

去年3年生を送り出して、ふたたび2回目の一年の担任になった。
なんだか、みんな新しい生活への期待に満ちていて、活気に満ちている。
毎年この時期は、その学年のカラーを見極めつつ、授業の準備をして、尚且つ担任と部活のメンバーの名前を覚えいといけない。というなかなかハードなスケジュールだ。


「モル数を計算すると・・・。」

黒板にチョークの音が、カッ、カッ。と響く。

スーツが汚れてしまわないように羽織っている白衣のポケットからハンカチを取り出し、チョークの粉で汚れた指先を拭いていると、ふと視線を感じた。

いや。感じた。と感じただけなのかもしれない。

入学してきたばかりの生徒たちは、皆、真面目に黒板を写すのに必死で誰一人居眠りをしてる奴はいない。
教室中の生徒の視線を浴びている。と言っても過言ではない。


・・・へえ。教室では、眼鏡けかてるんだ。


視線を感じた。と思った先には、きっと顔なじみであるからそう感じたのであろう、濱尾京介の姿があった。


コートに入れば、大きな黒目がちの瞳が一気に勝気な強さを帯びる。

でも今は。

必死に板書を写しながら、真っ直ぐにこちらを見ていて。
眼鏡越しなのに、きらきらとした輝きを隠し切れないような瞳の輝きと。
視力が悪いせいか、少しだけ潤んだ瞳を、時々細める仕草だとか。

理解できないと、飽きてきたのか、窓の外を眺めながらシャーペンをくるくる回す仕草だとか。

どの生徒も同じようなことをしているはずなのに、彼の周囲だけが違う空気で切り取られたような。
そんな気がしていた。


・・・やっぱり、自信に満ちている人間というものは、輝きというか、オーラが違うのかな。


そんなふうに感じていた。


「では、今日の授業はここで終ります。課題は出さないから、各自復習をしておくように。」

やりぃ。
先生優しい~~。

とかって、声が教室のあちこちから上がる。

・・・まあ、優しいというか、まだお前らの理解度がつかめてないからだけだけどな。

化学なんてものは興味のない人間にとっては、面白くもなんともない教科だということも理解している。

興味のある人間は、わざわざ課題なんて出さなくとも、理解できなければ職員室に尋ねてくるだろうし。
嫌いな人間は、無理に課題を出したところで答えを写してくるだけ、なのが目に見えている。

そんな無駄なことをするぐらいなら、最初から課題なんて必要ない。


ガタガタガタ・・・・。


生徒が一斉にイスを鳴らして、思い思いに散らばってゆく。


「ま~おっ。今のノートとってた?」
「うん。一応・・・。でも、全然わかんなかった・・・。俺、化学嫌いかも・・・。」

そうなんだ・・・。

別に彼が化学を嫌いだからと言って、俺がショックを受けることではないのだけれど。
寂しい。と感じてしまった自分に驚く。

「まお君のノート、見やすいんだよな~~。また、貸してね??」


浜尾の前の席に勝手に座って、まおの机にべちゃ。と突っ伏しながら甘えている彼は、馬場良馬だ。
彼も、今年のテニス部新入部員だ。

一目を惹くほど目立つ、というわけではないけれど、確実で正確な読みでブレない。という印象がある。
・・・コートの中ではストイックで、むしろ感情表現が少ない。と思っていたのに。
浜尾と話しているときの彼は、心を許しきってのびのびとしている、といった様子だ。


「もう~~。そうやって、人ばっかり当てにしてないで、ちゃんと自分で頑張らなきゃ。だよ?いつまでも、俺がいるとは限らないんだからね~~。」
「・・なんで?俺はずっとお前と一緒にいるよ。小さい頃からずっと一緒だったじゃんか。」

「・・・そうかもしれないけど。さすがに大学は離れると思うよ?」
「お前のしたいことが、俺のしたいことなんだよ。」

「もう。またそうやって甘える。」

ぺしっと、馬場の頭を叩きながらも、馬場を見詰める浜尾の目は優しい。


若かりし頃にありがちな、強い友情。
ずっと、一緒に笑っているのが当たり前だと思っている青春。

自分には追うことのできない、二人の友情が羨ましくも、腹立たしくもあった。


何も穢れを知らないピュアな少年たち。


お前には、もう二度と手に入れることはできない世界なのだと・・・。

手を伸ばしても、お前には入りこむ余地なんて、ないのだと。


彼らから、拒絶されているような気がした。