ぐいっと俺の腕を摑んだまま、彼の部屋に連れていかれる。

バタン。と扉が閉められると同時に、有無を言わさず唇を塞がれた。


「んっ・・・・。」

何が起こったのか、わからない。

ありえないぐらい至近距離で彼の睫毛が震えるのを、不思議な気持ちで見詰める。

「んっ。んっ。んっ・・・。」

息が・・・苦しい。

彼の唇が深く交わり、舌先を絡め取られ、吸い上げられる。

何度も触れられることを想像していたのに、頭が混乱して何をされているのか理解できない。


目の前にあるの彼の顔が、鉛筆で描かれたモノクロの平面ではなく、鮮やかな色彩を持ち、温度と質感を持つ立体であることだけが、認識できる。


酸素不足で頭が真っ白になる頃にやっと解放される。


涙と酸欠でぼんやりした視界に、切なげに表情を崩した渡辺さんが見える。


摑まれた腕が、痛い・・・。


「急に何も言わずにいなくなったりするなよ。」
「だって・・・。」

「少しはうぬぼれてもいいのか??お前が俺のことを想ってくれている、と・・・・。」

言われている言葉の意味がわからない。

うぬぼれるも何も、貴方が好きで、好きで、気が狂いそうです・・・。

だから、離れようと・・・。


「お前が、好きだ。と言ってもいいのか・・・?」
「・・・え・・・??」

今、なんて言ったの・・・??

叶わない望みを、あまりにも強く願いすぎて、幻聴を聞いているのだろうか・・・。


「だって、渡辺さん、結婚するって・・・・。」
「・・・誰が?」

きょとん。と見詰めかえす彼。

「・・・・貴方が。」
「いつ、そんなこと言った?」

「ハワイのお土産をいただいた時・・・。」

俺の返事を聞いた渡辺さんが、へなへなと力が抜けたように床に座り込む。


「・・・駄目だ。抱き締めてもいい??」
「・・・・え?」


訳がわからないまま、足元にすがりつくようにして、ぎゅっと抱き締められた。


「・・・もしかして、俺が結婚したと勘違いしてる?」
「・・・え?違うんですか?」


瞳にうっすらと涙を浮かべながら、
渡辺さんがくすっと笑う。


「違うよ。あれは、俺の姉の結婚式に参列しただけで・・・。」


・・・・なんだって??


ああ。俺はなんて馬鹿なんだろう。


勝手に勘違いして、勝手に暴走して。


彼がたまたま休みで、気がついてなかったら、このままお礼も言わずに立ち去っていたのだろうか。


「ごめん・・・・なさい・・・。」


急に恥ずかしくなって、頬が熱くなる。


「濱尾が謝ることじゃないよ。・・・でも、知らないうちにいなくなってしまわなくて、本当によかった・・・。」


状況を理解できた俺も、緊張の糸がぷつん。と切れてずるずると床に座り込む。


「好きになってもいいかな・・・。いや。ずっと前から、好きだったんだ・・・。」
「はい・・・。はい・・・。」


彼の大きくてあったかい掌が、優しく頭をなでてくれる。


胸に熱いものがこみ上げてくる・・・。


伝えたい言葉はたくさんあるのに、俺はただうなずくことしかできなかった。