「こちらです。お願いします。」

引越し当日。

営業の渡辺さんは、土・日は仕事であることが多いことを見越して、学校のない土曜日に依頼した。


トラックが道に止められ、ピーッ。ピーッ。とバックする電子音を聞いてると、いよいよだな。と覚悟が決まる。


・・・さよなら・・・。


荷物が次々に運び出される。



「・・・・濱尾っ!!何してるんだよっ!!」

突然、隣の部屋の扉が勢いよく開けられる。

外に出るときはいつもびしっと決めている渡辺さんが、いかにも寝巻きなスウェットと、乱れた頭で飛び出してくる。

力強く、俺の腕を摑む・・・。

「変な別れ方したかと思ったら、急に俺のこと避けてるみたいだし。そうかと思ったら、引越しって・・・。
どうして、急に・・・・。」

今まで見たことのないような、切羽詰った顔。

「どうしてって・・・。それを俺に言わせるんですか。」

自分でも怖いぐらい低い声がでる。
怒りがフツフツと沸いてくる。

・・・・貴方は、静かに忘れることさえ、させてくれないんですか?

駄目だ。

彼は何も悪くない。

でも、頭に血がのぼる。

目の前が真っ赤になる。


どんなに物理的に近くにいたとしても、ずっと平行線のままだと気がついた。

並んだ扉のように、その距離が縮まることなんてない。

貴方が俺のために、その扉を開けてくれる日は一生こないのだと・・・・。

思い知らされたのに。


「お願いだから、構わないでください。優しくしないでくださいっ!」

必死に言葉を絞りだす。


叶わない、とわかっていても自分からその腕をふりほどけるほど、強くはないから・・・。


危うい均衡で堰きとめられていた感情が、堰をきって濁流となって流れだす。


駄目だ。涙が止まらない。


「濱尾っ。どうして泣くんだよ・・・・。」


彼の言葉が途切れる。


顔を上げると。
渡辺さんの視線が、開け放たれた俺の部屋の向こう側にある、無数のデッサンに釘付けになっていた・・・・。


・・・もう、おしまいだ----・・・。


気がつかれて、しまった・・・。


静かに彼の思い出の中で、生きてゆくことすらも叶わない・・・・。


「お前・・・・。」


俺の腕を摑んだまま、渡辺さんが絶句する。


そうだよね。


ずっと話しやすい可愛い学生さんだと思ってくれていたのに、実は貴方のことを想って毎日スケッチをしていたと知ったら。

壁の向こうの貴方を想って、一人自分を慰めていたのだと知ったら。


絶望するよね・・・・。