渡辺さんが消えた。

消えた。と言うのは正しくないかもしれない。

正確には、急に朝顔を合わせなくなった。


引っ越した形跡があるわけでもなく、長期出張だけなのかもしれない。

離れて住んでいる実家や島津とは、気軽にいつでも連絡が取れるのに、気配をいつも感じることができる渡辺さんとは、何の連絡手段もない。

いつまでたっても、近くて遠い存在。


「・・・こんなことなら、勇気を出して、携帯番号聞いておけばよかった・・・。」

隣に住んでいるのに、わざわざ携帯番号を教えるほどの急用があるか?と言われれば、普通に考えれば、NOだろう。
親友でも、恋人でもないのに用事もないのに連絡を取り合う理由がみつからない。


もし仮に、連絡先を知っていたからと言って、「最近見かけないんですが、どうかされましたか?」とわざわざ電話するのも、うざったいと思われるかもしれない。

仕事の時間帯が変わったとか、急に忙しくなったとか、それこそ急な出張だってあるだろう。

そんな大人の事情をわざわざただの隣に住む学生に報告する義務はない。


「ううっ・・・。凹むなあ・・・。」


やっぱり、住む世界の違う人なのだ。
最初から、高嶺の花だったのだ。

そんなこと、わかりきっていたのに、現実を突きつけられると落ち込む。

淡い期待を抱いてしまったが故に。


「どこに行っちゃったんだろう・・・。」


電気が灯ることもない、物音がすることもないシーンと静まりかえった隣の部屋。

壁一枚の距離が、もどかしい。


あるわけないけど、もしかしたらテーブルの上に置手紙なんてあったりして。


「しばらく出張で家を開けるけど、心配しないで。」

とか、ナントカ・・・。


「ないないっ。あーっ!!俺ってやっぱり、馬鹿っ!!」

ありもしない出来事を、想像して、余計に落ち込んで。


勝手に一人で振り回されて・・・・。


悲しいピエロ?
表面だけ笑う道化師??


・・・・疲れたよ。渡辺さん・・・。


いや。彼が悪いわけではないのだ。


彼に恋をした自分のせい。


わかってるのに、八つ当たりしたい気分だった。