また少しだけ二人の距離が縮まって、親しい友人ぐらいにはなれるのかも。と淡い期待を抱いてしまう。

部屋中に散らばったスケッチは、俺だけに向けられたものであってほしい、と願っていたふんわりした微笑から、
あははっ!!と心から楽しそうに笑う渡辺さんで占められるようになってきた。

これは、彼には絶対に秘密だけど、色気を感じてしまう指先や唇や、スエットから覗く足首や腕まくりしたときの筋張った腕。

一回しか見たことはないけれど、お風呂上りの濡れた髪の感触。

時々、想いが暴走しそうなときは、彼のスケッチに囲まれて、見詰められていると信じて・・・。
一人で自分自身に触れる。

一人っきりの行為が終った後、余計に空しくなるとわかっていても、忘れることができないなら、そうするしかなかった。



「はあ~~。今日も寒いなあ・・・。」

いつものようにかじかむ手に息を吐きかけながら、鍵をかける。

がちゃがちゃ。と悪戦苦闘していると、隣の扉が開いて、渡辺さんが出てくる。


「・・・あ。おはようございます。」
「・・・おはよう。今日も、苦戦してるな。」

「ほんとっ。ただでさえ、この鍵硬いのに、手がかじかんじゃうと・・・。」
「慣れ、だけどな。俺はそんなに苦戦しない。」

かちゃ。と一回でスムーズに鍵を回し、また俺の手に掌を重ねてくれる。

「・・・ほら。奥まで無理矢理差し込もうとしないで、自然に止まるところで・・・。」

距離が、近い。
息が、かかる。
コロンの香りに包まれる・・・・。

そんなに近寄らないで。

ドキドキが伝わってしまいそうだ。


「・・・・わかった?」
「・・・え?あ。はい。」


はい。と返事をしたものの、包まれた掌のぬくもりしか覚えていない。


「・・・それと、これ。」
「・・・え??」


シンプルな黒い包装紙に、真っ赤なリボンのかけられた包みで、頭をぽんっ!と叩かれる。


「・・・なんですか?これ。」
「見ての通り、クリスマスプレゼント。」

「・・・えっ!?」


確かに昨日は、やっぱクリスマスだからって何にもおこらないよなーっ。
むしろ、いつもより慌しいし・・・。

と、客足の途切れないコンビ二バイトをいつものようにしていたのだ。
彼女ができたらしい島津はうきうきで、わざわざ店まで見せびらかしに来るし。

連れのいない俺は、一人寂しくコンビ二のショートケーキでテレビを相手にイブを過ごした。


まさかの、まさか。


渡辺さんからプレゼントをもらえるなんて・・・。


「やっ。あのっ。嬉しいですけど、俺、何にも用意していなくって・・・。」

びっくりしすぎて、即答できずにしどろもどろになっていると、慌てたように彼がフォローする。

「毎朝悪戦苦闘している濱尾を見ていると気の毒になっただけだから。
・・・たまたま自分用に買ったやつと、同じヤツを人からいただいてダブったんだよ。だから、もし迷惑でなければ、もらってもらえるとありがたいんだけど。」


あははっ。と屈託なく笑うと、人当たりのよい目尻の下がった瞳が、少しだけ視線をそらす。
・・・・もしかして、照れてる??


「・・・・開けて、いいですか?」
「もちろん。」

カサ。と包みが音をたてると、皮の渋いデザインの手袋がでてきた。


「ちょっとは、ましだろ?」
「・・・はい・・・・。」


ぴたっとなめらかに吸い付くような皮の感触。
薄いのに、温かい・・・・。

大人の高級感のある手袋。


なんだか、学生の俺には似つかわしくないような気がしたけれど、ちょっぴり背伸びをして渡辺さんの真似をしているような。
彼とお揃いのアイテムが、ちょっとだけ俺を大人にしてくれたような。

そんな気がした。


「・・・ありがとう、ごさいます・・・。」


掌を温かく包む手袋は、心までも温かく包んでくれた。


人からもらったのとダブった。とって誰からもらったの??とか。
昨日は誰と過ごしていたの?とか。


色々考えたくないことも頭をよぎったけれど、彼のくれたぬくもりに包まれて、少しばかりのざわざわ。はかき消されていった。