「ありがとうございました。」

洗濯機の上に、丁寧にタオルを畳んで返す。
自分の部屋ならば、脱いだ服ごと丸めて放り込むんだけどね。

きちん。とした子。って思われたいじゃないか。


「・・・わ。いい匂い。」

こざっぱりして、風呂からあがってくると美味しそうな匂いが立ち込めていた。

「よかったら、食べていく?・・・あ。もう食事済ませちゃった?こんな時間だもんな。」
「・・・やっ。ちょうど小腹が空いていたところですっ!!」

本当は、コンビ二弁当で、テキトーに夕食を食べてから課題に取り掛かっていたのだけど。
渡辺さんの手料理をいただける、なって機会はそうそう訪れないだろう。

・・・・ま、実際小腹が空いていた。というのも嘘じゃないし。
育ち盛りでよかったーっ。

「時間が遅いから、軽いものだけどね。・・・よかったら、座ってて?」

カウンターキッチン越しに渡辺さんが見えるように腰掛ける。


なんだか落ちつかなくて、足をぷらぷらさせながら彼を観察する。

荒いざらしの乱れた髪の毛も素敵だなーっ。
わっ。正面から見ると、すっごくすうっと鼻筋が通ってるんだ。
あれ?もしかして、意外と垂れ目・・・・?
いつもはシャツ越しだけれど、Tシャツ一枚だと逞しい胸板が強調されるなーっ・・・。

などなど。


「・・・でも、びっくりしちゃいました。急に風呂壊れるんだもの。隣なのに、どーして渡辺さんのところは、大丈夫だったんでしょうね・・・。」

何かを話していたくて、素朴な疑問を口にする。

「・・・だって、給湯器は部屋ごとに違うだろ?」
「・・・え?そうなんですか・・・?」

「じゃなきゃ、マンション丸ごと給湯止まってる・・・というか、そんなに大容量の給湯器聞いたことないけど。」
「・・・そうなんだー・・・。」

知らなかった。

マンションだから、でっかい給湯器でそっから各部屋に繋がってるのかと思ってた。

無知でよかったなーっ。

もし最初から知っていれば、「大丈夫ですか?」と声はかけなかっただろうし。
「風呂借してください。」なんて大胆なお願いは思いつきもしなかった。



「どうぞ。」

ほかほかと湯気のあがったベーコンとキャベツのパスタの皿がことり。と置かれる。

「わ・・・。美味しそう。いただきます。」

ぱくり。と一口食べると、渡辺さんが「どう?」というように感想を待っている。

「すっごく美味しいです。やっぱりできたては違いますねっ!!」

温かさと優しさが胃に染み入るというか。

「・・・そう。よかった。」

ふわ。と安心したように微笑んで、彼も自分の皿に手をつける。


食事をしながら、どこの駅で降りて、どんな仕事をしているとか。
夜遅い時間に帰ってくることが多いから、迷惑かけてないか心配だったとか。
俺も、学校でどんなことを学んでるとか、どんなバイトをしているとか。

他愛もないことを取り留めなく話しする。


ふ。と硝子細工の時計を見れば、12時を回ろうとしていた。

「わ。もうこんな時間。」
「本当だ。また明日早いんだろ?」

「・・・渡辺さんこそ。」
「じゃあ。おやすみ。」
「おやすみなさい。」


洗濯モノの入った紙袋を抱えて、ドアの前でお礼を言う。

ぱたん。と閉じられたドアを眺めながら、たった2時間で生まれ変わったような気分になる。
2時間前までとは、明らかに違う俺たちの関係。

・・・あー・・・。今日は、もう洗濯する気力ないなあ・・・。

よいしょ。と抱えなおした紙袋からは、微かにコロンの香りがして。


切ないような幸せなような、複雑な気持ちになった。