気がついたときには、渡辺さんの膝の上で寝転んでいた。


ぱちぱち。


いまいち状況がつかめずに、何度も瞬きをする。

目の前には先程あまりにも刺激が強すぎて眩暈がしてしまった渡辺さんのアップがある。
再び気を失ってしまわずに済んだのは、何やら熱心に小説かなんかを読んでいて、半分顔が隠れていたから。

あの綺麗な顔で、真正面からドアップで覗き込まれたら再び夢の中に逆戻りしてしまっただろう。


さっきから夢心地のような温かさと気持ちよさは、渡辺さんに膝枕してもらってたからなんだ。
もしかして、頬や頭に時々感じていたあったかい感触は、掌で撫でてくれていたのだろうか・・・。


「あのっ・・・。」


身を起こそうとすると、顔の上に載せてあったアイスノンがパタリ。と落ちる。
眼鏡をかけた
渡辺さんが文庫本をぱたり。と伏せて、こちらを見る。

「気がついた??」

ふわ。と微笑んでくれた笑顔は俺の毎日憧れ続けていた笑顔そのもので。

「えーっと・・・。俺・・・。」

どうしちゃったんだっけ・・・。


「びっくりしたよ。風呂洗って帰ってきたら、鼻血噴いて倒れてたんだから。」
「わわわっ・・。マジですか??」

なんという失態。

「頭下げてたら血が喉に落ちて吐いちゃうから、膝を貸してたんだよ。」

いやいや。恐れおおいというか、役得というか・・・。


「あれ?でも、別に枕でもよかったんじゃあ・・・。」
「わかってないなあ・・・。自分から誘っといて。」

「や。別に誘ったつもりは・・・。」

何を言っているんだろう。この人は。

「挨拶するだけで、満足しようといい聞かせてたのに。何の警戒心もなく部屋にはいってくるんだもんな。おまけにあんな無防備な可愛い顔をさらして・・・。」

ちょっと、待て。
それって、もしかして最初っから渡辺さんも俺のことを狙ってたってこと??

っつーか・・・。

無防備で可愛いじゃなくて、マヌケな、の間違いだろ??

この年で興奮して鼻血だして倒れました。なんて・・・。


「本当に、可愛いね。君は。」


あああああ。駄目だ。

本当にあの顔がアップで迫ってくるううううう。


と思ったときには、ふわ。とやわらかい感触が唇に押し当てられていた。



「付き合ってくれる?京介。」
「・・・あれ?俺の名前・・・。」

名前さえ知らない。と思っていたのに。


「この前、ダイレクトメールが間違えて入っていてね。誰だろ?って思ったらお前の部屋番だった。
へえ。濱尾京介。って言うんだ。華やかで可愛い外見に反して意外と古風な名前だな、って思ったんだ。
ほら。今時の学生は漢字だけでは読めないような名前って多いだろ??」

ちょーーちょーーーちょーーーーっ!!!!

俺って、もしかして、もしかすると、口説かれちゃってたりするんですかっ!?

あの雲の上の存在の渡辺さんにっ!?

ああっ!!

これが夢なら、どーか醒めません様にっ!!!


そう願いながら、勇気を出して渡辺さんの腰に腕を回す。

がっしりとした質感のある、リアルな肉付きの感触。


夢じゃ、ない・・・。


「返事は??」
「・・・・もちろん。俺も、ずっと好きでした・・・・。」

再び渡辺さんのアップが迫ってきて。


今度はゆっくりと瞳を閉じた。