「・・・どうした??・・・あ。ごめん。テレビつけてていいよ。とか言いながら、DVD入れっぱなしだったな。もしかして、操作方法わからなくて、暇だった??」
「・・・あ。いえ。渡辺さん映画好きなんですね。」

風呂からあがってくるなり凝視してしまった俺の視線を暇だったから、待ってました。という意味に捉えたのだろう。
俺の胸の昂ぶりをカケラも気がつかなかったように、さらり、と会話を交わす。

でも、よかった。
新たに話す話題がみつかったから。


「あー・・・。うん。仕事の帰りが不規則だからね。映画ならいつでも見れるし。現実を忘れて、笑ったり泣いたりしてると嫌なことも忘れられるだろ?」
「・・・嫌なことなんて、あるんですね。」

意外だ。

いつも爽やかで穏やかな笑顔で挨拶してくれるイメージしかなかったから。


「そりゃあ、あるさ。これでも新人の頃は腐ってたよ。」
「・・・え?ホントに??」

いつも自信満々で、大人の余裕に満ちているように見えていたけれど。

「自分で言うのもおかしいけど。俺、身長も高いし、見栄えもいいから。って営業に回されて。大学まで行って一級建築士の免許取ったのに、設計するほうじゃなくて、売るほうなのか!?ってずっと不満に思ってた。」
「・・・・そうだったんですね。」

へえ。渡辺さんって、営業だったんだ。
どうりで人当たりがいいはずだ。

「でもさあ。営業で訪問した先で、見積もり出しながら具体的なパーツとかプランとか提案したら感激されてから前向きになれたかな。
いつもは営業と詰めても、また設計の者が後から来ます。って話がなかなかすすまないのに。って・・・。」

なんだか遠い存在だと思っていた彼が、どんどん身近に感じられてくる。

全てを手に入れていて、自信に満ちていて、悩みなんてないと思っていたけど。


今まで自分に才能がある。と思い込んでいたけれど、美大に入って特別じゃないと思い知らされて落ち込んで。
認められるのを待っているだけじゃなくて、努力しなければ個性をアピールできない。とやっと最近わかってきた。


「・・・なんか、意外です。」

失礼かな?と思ったけど、同じように悩んで時期が彼にもあったんだ。と思うとなんだか嬉しくてくすっと笑ってしまった。

「・・・あ。やっと笑った。」
「・・・え?」

「なんか、困ってたみたいだったから思わず声を掛けてしまったものの、ずっと緊張してたみたいだったから、悪かったかなーっ。と思ってた。」
「そんなこと・・・。」

ないです。

緊張してたのは、自分から声をかけてみたもののまさか本当に風呂貸すよ?なんて展開になると思ってなかったから、心の準備ができてなかっただけだ。

憧れだった貴方と言葉を交わすことができて嬉しかっただけです。


「ほら。遠慮せずに入っておいで?今日は頑張ったみたいだから・・・。」
「あ・・・。」

Tシャツは着替えてきたけれど、腕には油絵の具がべったりとついてしまったままだ。


「自分のやりたいことに、熱中できるっていいよな。純粋に夢を追いかけられるのは今だけだから、毎日を大切にな?」

ぽんっ!と頭を撫でてくれて、ふかふかのタオルを腕に乗せてくれる。

なんだか、こんなふうに無条件に優しさをかけられたのが久しぶりだ。
・・・今まで感じたことはなかったけれど、何だか急にホームシックになってしまった。

じわ。と目頭が熱くなってきて、実は新しい環境に慣れるのに今まで必死だったんだなあ。って改めて感じた。


「・・・ありがとうございます。」

これ以上話していたら彼にすがりついてしまういそうで、
ふかふかのタオルに顔を埋めながら、慌ててバスルームに逃げ込んだ。