せっかく渡辺さんの部屋に案内してもらったのに、胸のドキドキを持て余している間に彼が戻ってきてしまった。


「うちは風呂大丈夫みたいだよ?」

手をタオルで拭きながら素足でフローリングを踏みしめる。
それだけなのに、視線を離すことができなくて、更に胸の鼓動が速くなる。

・・・・わ。足の筋もきれー・・・。

一歩踏みしめるたびに、くいっと浮き出る足首から親指にかけての筋が本当にこの人が息をしていて、動いていて、そして目の前にいるんだ。ということを実感させる。

「・・・どうしたの?」
「や・・・。本物なんだなあ。って思って。」

ついうっかり思っていたことを口にしてしまう。

「本物って??何が??」

あちゃーっ。
まさかここにいるのが夢見たいで、貴方の腕やら脚やらを初めて見て、本物なんだ。って実感してました。
なんて言えない。


「えっと・・・。あ・・・。時計??」

なんで疑問系なんだーっ!!!と思いながらも、部屋をぐるり、と見渡して偶然目に入った掛け時計を指さす。
明らかに今までと視線が違うだろっ。と思うけれど、上手ないい訳が思いつかない。

いくらシュミレーションとか、口実とか考えたところで所詮想像は予想の範囲を超えない。


「時計??」
「あれ、硝子製ですよね。アクリルじゃなくて。」

「ああ・・・。ハンドメイドで職人さんに作ってもらった。」
「やっぱり・・・。」

光を反射するときの透明感のある輝きとか。
深みと厚みのある重厚な感じとか。
発色の鮮やかさだとかが、明らかに違う。


「よく、わかったな。」
「・・・一応、俺美大なんで。」

学科は違えども、学友の参加する作品展とかに頻繁に足を運んでいた。

感心したように、目を見張る渡辺さんを見て、美大生でよかったーっ。と思う。

なんだかちょっとだけ認めてもらえた気分。


「都会にいると無機質なものに囲まれてて、疲れるだろ?こういう硝子細工とか、木のぬくもりとかに触れてるとほっとするんだよな。」

・・・へえ。意外。

なんかバリバリ仕事ができて、そんな癒しとか求めてないように思ってた。


「それはそうと。風呂入りにきたんだろ?」
「・・・あ。そうでした。」

もう本来の目的など、どうでもよくなってしまっていた。
汗でべたついていた肌も、エアコンの効いた部屋ですっかり乾いてしまっていたし。

何より、渡辺さんとの会話があまりにも楽しくて。


今日の朝までは、「おはよう。」が唯一交わせる言葉だったのに・・・・。