「ふう。今日の課題は難関だったなーっ。」

美大生の生活は想像以上に忙しい。
ひらめきと感性とは言うけれど、それを形にして、評価してもらって、自分で売り込んでいかなければ道は開かない。

自信作だと思って持っていっても、もっと感性豊かなヤツも、表現力に優れているやつもいるから、絵が上手。というだけでちやほやされていた高校生時代とは明らかにレベルが違う。

今回は夏の花と、チョコレートと、レタリング。という何ともミスマッチな課題だった。

どうやら、夏に消費の伸び悩むチョコを売り出すために爽やかでお洒落なイメージをつけて一枚のデザインに仕上げろ。ってことらしい。

そもそも、夏の花って、どんなのが咲いてるんだ??
毎朝彼の背中しか見ずに通学していたことを少し後悔する。
夏の花って、向日葵ぐらいしか浮かばないんだけど・・・・。
いやいや。向日葵、って爽やかというより、ギンギンに太陽を浴びてます。って気がするよなー・・・。
みんなが知っていて、それでいて爽やかなイメージがあって・・・・。


なんて悩んでいるうちに、あっと言う間に時間が過ぎてしまって、気がつけば夜の10時になっていた。


「さて。風呂でも入りますか。」

汗だくになってしまったTシャツを脱ぎ捨てて、風呂を洗おうと蛇口をひねる。


「・・・ん??」

しーん・・・。

勢いよく出てくるはずのお湯が一滴も出てこない・・。

「嘘だろー・・・。」

こんなに熱帯夜の日に風呂に入れないなんて。

「どうしよう・・・。」

今から大家さんに電話して、ボイラーの修理を依頼するとしたってきっと最短でも明日の朝。
銭湯・・とかって、近くにあるのかな?聞いたことないなあ・・・。

「ああーっ。でも、風呂に入らずに寝るなんて、無理っ!!」

そもそも課題に取り組んでいたせいで、油絵の具があちこちについている。
このまま布団に入ったら大変なことになりそうだ。

「誰かの家で借りるしか、ないかなー・・・。」

と、言っても入学してまだ3ヶ月ちょっと。
そんなにたくさん友人の家を知っているわけでもなく・・・。
実家に帰るには、ちょっと遠すぎる。


ぐるぐると悩んでいると、昼間話したばかりの島津の顔が浮かんだ。


「アイツ、こっから二駅ぐらいだったっけ・・・。」

いつも送られてくるラインの時間帯からして、まだまだ起きている時間だろう。


そう目星をつけて、紙袋に着替えやらバスタオルやらを詰めてドアを開ける。

<風呂、貸してもらえる?なんか、急に湯がでなくなって・・・。

と打ちながら、エレベーターへと続く廊下を歩いていると、誰かとぶつかる。

ふわ。と鼻を掠めるコロンの香り。


「わわわっ。すみませんっ。よそ見してたから・・・。」
「歩きスマホは感心しないな。・・・大丈夫か?」

しっかりと釘を刺しながら、それでもばら撒いてしまったバスタオルや着替えを拾ってくれる。
しゃがんだ背中は、毎日恋焦がれて見詰め続けた背中。


「あ・・・・。ほんと、ごめんなさい・・・。」
「何?今からお出掛け?」

はい。と拾い集めた着替えやらバスタオルやらを手渡されて・・・・。
あああ。何だかこれって今からお泊り行くんです~~。みたいに見えないかっ!?
俺、彼女なんていませんからねっ!!フリーですからねっ!!

・・・ちなみに、好きなのは、貴方です・・・。
なんて言える訳もなくて。

聞かれてもいないいい訳。をしてしまう。


「あのっ。風呂が壊れちゃって。ボイラーの異常かな?って思うんですけどっ。」
「そうなのか?」

「あああ。そういえば、・・・えっと。」

名前を呼ぼうとして言いよどんでしまった俺の言葉を助けるように言葉を紡いでくれる。

「渡辺、だよ。渡辺大輔。」
「渡辺さんの風呂は大丈夫ですか??」

言ったーーーっ!!!

とっても自然にさりげなく。かどーかはわかんないけど、少なくとも包丁で手を切ってしまいました。
よりかは幾分ましなお近づきの口実だ。

「・・・さあ。まだ家に帰ってないから、わからないけど・・。」
「そうですよねっ!!訳わかんない質問してごめんなさいっ!!」

勇気を出したものの、それ以上どう展開していったらいいのかわからなくて、ダッシュで逃げようとすると手首をぎゅっと摑まれた。


「家が大丈夫だったら、風呂ぐらい貸すよ?時間も遅いし。せっかく入っても帰ってくるうちにまた汗だくになるそうな暑さだし・・。」
「え・・・。いいんですか・・・??」

わあああ。急展開で気持ちがついていってないんですけどっ。

渡辺さんが俺の手首をつかんでいて。
しかも、部屋にお呼ばれしているなんてーっ!!