朝起きて歯磨きをしていると、ふ。とあの人も今頃鏡に向かっているのだろうかと思う。
手ぐしで髪の毛をざっくりとセットしていると、いつも綺麗にセットさらた艶々の黒髪を思い出して、ちょっと意識したりして丁寧にブラシを通してみたりする。

ベッドに入れば、今頃あの人もこの壁の向こうで眠りにつくつくころだろうか・・・。それとも、まだ仕事が忙しくて帰ってこれてないとか。
それとも、一日の疲れをビールでも飲みながら癒しているのだろうか・・・。

気がつけば、日常の中にあの人。が入り込んでいた。




入学してから4ヶ月が過ぎようとしていた。

今年の梅雨は、梅雨らしい梅雨もなく、どーっと集中豪雨のように降ったかと思うと、ぴたり。と何日も雨の降らない日が続いた。

雨の日は憂鬱。

傘をさすとあの人の足元しか見えなくなってしまうから。
水しぶきを弾きながらカツカツと鳴る革靴の靴底を、じーっとみつめながらおいかけてゆく。

でもね。
電車を待っている間、傘を閉じて、ふるふるっと雫を払う僕の横で、きちんとアイロンのあたったハンカチを取り出して、自分のスーツを拭いてからふるふるしている僕に気がついて
「よく降るね。雨。よかったら、使う?」
と、ハンカチを差し出してくれたことがあるんだ。


だから、雨の日も悪くないな。ってその日を境に思えるようになった。

あの時は、いっぱい・いっぱいで濡れたままハンカチを返しちゃったけど・・・。
よくよく考えればお隣さんなんだし「洗って返します。」ぐらい気のきいたことが言えれば、お近づきになる口実ができたのになあ・・・。

僕って、馬鹿だ。