彼と会わなくなって、一ヶ月近くが経とうかとした頃。
予備校の教室の片隅で、女の子たちがわいわいと話している声が耳に入る。
「浜尾京介引退だって~~。この子、知ってる?」
「あっ。~~ちゃんがめっちゃファンだったよ。確か。ショックだろうね~~。」
・・・浜尾京介って・・・??
聞き覚えのある名前。
今、僕の心を占めている一番の人の名前。
ぼんやりしていた人生を、明るく力強く変えてくれた人。
・・・なのに、何も言わずに消えてしまった人。
「引退って・・・?」
彼女たちが覗きこんでいる画面を見ると、ネットニュースのトピックスになっている。
「そんな、有名な人だったんだ・・・。」
全然知らなかった。
社会人だってことぐらいは知っていたけれど、まさか俳優さんだったとは。
それじゃあ、仕事しながら図書館で勉強していたんだ。
でも、どうして急に来なくなっちゃったんだろう・・・。
あんなにキラキラと夢に向かって、努力していたのに。
もともと、そんなに芸能界に興味があるほうではなかったし。
受験生なので、芸能ニュースみたいなものをチェックすることもなかった。
まさか、自分の隣にほとんど毎日のように座っていた彼が、そんな有名人だなんて思いもしなかったし。
初めて、彼のブログなるものを見て、本当に仕事の合間に通ってたんだなぁ。と感心し、
ここのところ毎日のように入っているお仕事に、びっくりする。
どれぐらいハードなお仕事なのは、全く想像もつかないけれど、僕の知っている浜尾君よりも
ちょっと痩せて、やつれて見えたから・・・。
心配になる。
それでも、仕事と夢を両立させようとする心の強さに、心打たれた。
「うん。僕もがんばらなきゃ。」
また会えるかどうかもわからないけれど、笑顔で再会できるように。
自分に胸を張って、会えるように。
お互いに、夢に向かって一歩踏みだしたね。って笑えるように・・・。
窓の外には、枯れ枝に見えるけれど、桜の小さな小さな固いつぼみがつきはじめていた。