「ほんとうは、ちょっぴりさみしかったんだ--------。」

京介が、家を出て行くこと。


「新しい生活、思いっきり楽しめよ。・・・ま、大ちゃんがついてるから心配ないか。」

がらんとしてしまった自分の部屋をみつめてたたずむ京介の背中を押した。

キラキラと未来へ向かって歩んでいる弟は、
兄馬鹿だなあ。と思うけれど、ほんとうに頼もしくて、自慢したいぐらい誇らしい。

でも、こうやって共に過ごした部屋をみつめる京介の瞳を見ていると、なんだか寂しくなってくる。

今までだって、大ちゃんの家に入り浸り状態で、たまに実家に帰る程度だったし。
本格的に引越す。って言ったって、所詮は東京都内。
一時間とかからずに、いつでも会いにいける距離なのに。

なんだか、急にオトナになって、濱尾家からいなくなってしまうような感覚に陥る。


両親が共働きで忙しかったせいで、必然的に鍵っこで、二人きりの留守番をすることが多かった。
特に冬なんて、早々に外が真っ暗になってしまって心細かったときも、京介がいてくれたから寂しくなかった。

「京介~~。ラーメン食べる?」
「やったあ。にーちゃん、作ってくれるの?」

インスタントのお湯を注ぐだけラーメンを作ってやると、尊敬キラキラぁって瞳で見詰めてくれた。
テーブルにちょこんと並んで座って、
「3分だぞ。」
「うん。長い針が、5になったら、でしょ?」
じいいっと真剣に時計を眺める弟が、すっごく可愛くて兄貴心をくすぐられたっけ。

母さんをびっくりさせよう!!
なんて、企画して二人でカレー作ったこともあったなあ。
玉ねぎの皮をぼろぼろ涙をこぼしながら「お母さん、喜ぶかなあ?」とわくわくしながら、ちっさい手で剥いてくれた。
手を剥いちゃうんじゃないかってぐらい
、すっごくぎこちない手つきで、人参の皮を剥いてくれた。

食べるとこなんて、残らないぐらいの出来栄えだったけど、
「京介、すごいじゃん。めっちゃ上手いよ。」
なんて褒めてやると、すっかりその気になって、毎日人参の皮むきして
「こんなに人参ばっかり使えないわ・・。」なんて母さん困ってたっけ。


「にいちゃん。にいちゃん。」って俺の後をついて、どこへ遊びに行くのにもついてきていた。
夏休みには、網だけ持って、近所の公園にセミ取りに行ったり、自転車二人乗りして遠くの友達の家に遊びに行ったり。

俺が部活でテニスを始めれば、「僕もしたいっ。」って京介も真似をして習い始めたり。


ヒトツしか違わないけど、いつも後ろからおっかけてくれて。
頼ってくれて、すっごくすっごく嬉しかったんだ。


両親に相談する前に、何でも先に俺に相談してくれていた。

芸能界で仕事をしてみたい。ってことも。
初めて彼女ができたことも。
勉強がわからないときも。

そのたびに、自分が兄であることを自覚して、自分の居場所みたいなものを感じていたから。

「あのね・・。大ちゃんと、付き合うことになったの・・・。」

なんて、ためらいがちに言われたときは、
そんな大事なことを打ち明けてくれた歓びと、京介を取られてしまったような寂しさで複雑な気持ちになった。

「そっか・・・。ずっと、憧れてたもんな・・・。」

正直、ものすごくびっくりしたけど、嬉しそうに大ちゃんの話をする京介の嬉しそうな顔を思い出して、納得する。
よくもまあ、一方通行で終らなかったものだ。と、寂しいけれど、大輔さんに感謝さえ覚える。

「でね・・・。今度、一緒にごはん食べないかなあ?と思って・・・。」

照れながらも、ふんわりと笑う京介は本当に幸せそうだった。



京介と一緒に待ち合わせの喫茶店に向かう。

「・・・あ。まおのお兄さんですね。」

奥の席で、すっと立ち上がってくれる。

一目見た瞬間に、負けた。と思った。

舞台の上でしか、まだお会いしたことはないけれど、醸し出す雰囲気の大人の色気と余裕っぷりに圧倒される。
にっこり、と気さくに笑って差し出してくれた掌を、握り返すと、とっても優しい微笑をくれる。

にこにこと笑いながら、俺たちの話を聞いているのに、
話題が途切れそうになったら、さりげなく新しい話題をふってくれたり。

グラスからテーブルに垂れた水滴を、ささっと拭いてくれたり。

さりげなく気配りしてくれる居心地の良さを感じた。

グラスが空になりそうになると、「まお。次、なんにする?」
なんて、メニューを渡してくれる。
そんな大輔さんにすっかり甘えて、ふふふ。と笑って、「どうしよっかな~?」と肩が触れ合いそうなぐらい
近づいてメニューを覗き込んでいる京介は、幸せそのもの。って表情をしている。

「ふうん。そうなんだ。」
なんて、何気なく相槌を打つときの、京介を見る蕩けそうに優しい眼差しを見ていると、
負けた、と思うと同時に「この人なら、京介を任せても大丈夫。」という確信を持つ。


こうやって、少しづつオトナになってゆくんだよな・・・。

がらんとした部屋を見詰めるまおの後ろ姿を見ながら。

初めて、「大ちゃんと付き合うことになったんだ。」
って報告してくれたときに感じた寂しさと、嬉しさの入り混じった複雑な感情を思い出した。



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これ、個人的にはすっごく好きな兄目線なのですが。
読みたい人、いるのだろーか・・・・。

息子三人を見ていて、同性の兄弟って、やっぱいいなあ。と思うのです。
めっちゃ、殴り合いのケンカもするけどね~~WW