「いってきます。」
「ああ。いってらっしゃい。」

2月28日。

今日を最後に芸能活動を一旦休止する。
おれにとって、6年間を走り抜けたトクベツな時間。

ずっと、ずっと支えてくれた家族にきちんと挨拶をするために、実家に帰る。

「ちゃんと思いを伝えてこい。」
「・・・うん。」

小さなかばんを抱えて、ドアを開ける。
力強い大ちゃんの「伝えてこい。」という言葉を背に。


いつも通いなれた道が、なんだかトクベツなものに感じる。
ここからが、新たなスタートなんだ、というドキドキ・わくわく・・・。
そして、今までの生活に別れを告げる寂しさ。

6年間共にしてきた様々な思い。

この世界に入ることを許してくれた家族。
この世界に入ってから、ずっとずっと守ってくれていた大ちゃん。

そして・・・。

二人で歩んでゆく新たな未来。


「ただいまあ~~。」

誰もいない実家に帰る。
にゃああん。と奥からゴムまりのように跳ねてくる茶色い物体。
・・おっと、ロクがいた。

「ロクうううう。久しぶりだねえ。」

ロクを抱き上げて、ほっぺにすりすりする。
うん。ふかふかで気持ちいい。
ペロペロと顔中を舐めまわされて、おれの居場所がここにある、ということを感じる。

でも。

「ごめんな。ロク。」

これからは、本格的に大ちゃんとの生活を始めるのだ。
・・・まめに帰ってくるからね。


自分の部屋に、「ありがとう。」という気持ちを込めて、隅々まで掃除する。

部屋の隅に積み上げられた段ボールの山。

ガランとしたおれの部屋。

新しいスタートに胸が躍っているはずなのに、なんだかとっても寂しくなってくる。

床の傷。壁紙の染み。

ここで生活した証を、指先で丁寧になぞってゆく。

ファンのみんなからいただいた手紙を、かみしめるように一通ずつ読んでいると、あっと言う間に夕方になってしまった。



「ただいま~~。」
「あっ。おかえりなさい。」

次々に帰って来る家族。
みんなで囲む食卓。

「家族揃って顔をそろえるのって、久しぶりだね。」
「そうだなあ。誰かさんが、大ちゃんの家に入り浸ってるからなあ。」

コツン。と兄につっつかれる。

「あら。貴方も残業やら彼女とのデートやら、でめっきり家にいなくなちゃったじゃない。」
「まあまあ。こうやって、みんなオトナになっていくんだよ。嬉しいことじゃないか。」

温かく見守ってくれる父と母。

「んん~~。なんだか、嬉しいような、寂しいような・・・。」

フクザツだわ。なんてくすっと笑う母。
お前の信じる道を歩みなさい。と力強く背中を押してくれる父。

「ちゃんと、マメに帰ってくるから。・・・今まで、ありがと。みんな。
・・・絶対、幸せになるからね。・・・・大ちゃんとこに、お婿に行ってきます。」

なんて、とってもとっても恥ずかしいけれど、きちんと伝えたいから。
勇気を振り絞って、言葉にする。
きっと、結婚前夜ってこんな気持ちなんだろうなあ。
なんて、ちょっぴりくすぐったい気持ちになる。

「ほんと、マメに帰ってきてね?」
「うん。約束する。」

「盆と正月には、渡辺君も連れてきなさい。」
「・・はい。」

「大ちゃんがいれば、天然ボケボケの京介でも安心だなっ。」
「ひっどおおい。これでも、年齢の割りに職場ではしっかりしてるね。って評判なんだから。」

家族の一人、一人ときちんと向き合って、話をして。

にゃにゃにゃにゃ~ん。と膝に乗っかってきたロクにも、
「わかってるって。忘れないよ。お前のことも。」って背中を撫でる。



「じゃあ、行ってきます。」

最後にもう一度、自分の部屋に挨拶をする。

「・・・いよいよ。だな。」
「うん。今までいっぱいありがとね。お兄ちゃん。」

濱尾家に生まれてきて、本当によかった。

さみしくない。と言えば嘘になるけれど。
大ちゃんと一緒に、切磋琢磨して。
絶対に夢を叶えて、でっかく夢をつかもう。って約束したから。

もっと、もっと自分を磨いて自信をつけて。
家族のみんなにも、大ちゃんにも恥じないようなオトナになるって決めたから。

ここからが、新たなスタートライン。



「いってきます。」

とびっきりの笑顔を作って。
たくさんの思い出の詰まった、ドアを後にした。