「ちょっと早いけど・・・。今日は浜尾専用保健室。」

ちゅ。と頬にキスをくれると、「用事のある方は、チャイムを鳴らしてください」という看板をかけに行く。
それを鳴らせば、先生の校内専用PHSにつながる仕組み。

いつもの紅茶を、ポットで入れてくれる先生。
ああ。肌寒くなってきたこの季節には、本当にこの紅茶がおいしい。
ふうふう。しながら、一口をすする。

「ん・・・。やっぱり、おいし。」
「一緒に暮らしだしたら、朝からこうやって、俺の入れた紅茶を飲む浜尾、がみれるんだな。」

ふふ。とテーブルの向こうで頬杖をつきながら、目を細めて微笑む大ちゃん。

「浜尾、どこがいいと思う?」
ずらり、と並べられた引越し候補の物件の数々。

「どこって言われても・・・・。」
なんだか、どこも高級マンションっぽくて、僕なんかが決めれる感じじゃないんですけど・・・。

「どこでもいいよ。先生と一緒なら。」
うん。反対に、どんなに狭いアパートでも、先生と一緒なら絶対に幸せ。

「じゃあ・・・。ここかなあ。駅に近いし。後は。浜尾の予備校次第だけど。」
「あ。先生、ここ辞めたらどうするの??」

「浜尾の予備校の先生になるとかってのは、どう??」
「・・・・それは、ヤダ。また女子に囲まれて、きゃいきゃいされたら、勉強に集中できないよ。」

「それって、やきもち焼いてくれてるんだ?」
「当たり前でしょ?先生、自分がもてるって自覚ないから、ハラハラドキドキだよお。今でも毎日。」

最近発見した、照れてる時に、にまあ。口元がゆるんで、目尻が下がる表情。

「じゃあ、祠堂の大学病院にでも戻るか。んで、浜尾が大学合格したら、親父に頼んで大学の校医にしてもらって、浜尾が実習するころには、病院で教育係させてもらって・・・・。」

うきうき。と言わんばかりに自慢げにプラン披露する先生。
・・・ん??

「親父に頼むって・・・・?」
「あ。言ってなかったっけ?俺の親父、祠堂グループの理事長。」

そっか。家族のこと話すの避けてくれてたから、全然そんなことすらも知らなかったよ。

「先生、そんな偉い人の息子、だったんだ・・・・。」
「別に偉くないよ。たまたま、その家に生まれたってだけだろ?俺は俺。・・・・あ。そうだ。もうすぐ、先生、じゃなくなるから、名前で呼んで??」

「えっ??渡辺さん。とか・・・・??」
「ばっか。それだったら、同じ苗字になっちまうだろ?下の名前。連れは大ちゃんって呼んでるから、それでいいよ。」

「・・・・だ・だい・ちゃん・・・・。」

うわあ。恥ずかしい。9歳も年上の人に向かって。

「浜尾は、渡辺、になってもいいの?家族の名前、だろ?寂しくない??」
「ん・・・。それは、嬉しい・・・・。きっと、みんなわかってくれると思うし・・・。」

「じゃあ。俺が浜尾京介。を忘れないように。浜尾って呼び続けるよ。」
「・・・じゃあ、先生も、まおって呼んで??浜尾って言いにくいから、略して、まお。・・・親しい友達はそう呼んでるから・・・・。」

ツン。とついつい先生、と言ってしまう僕のおでこをつつかれる。

「あ。大ちゃん、だろ?」
「・・・え?あ。うん。だい・・・ちゃん。」

うん。これからは、先生と浜尾。じゃなくて、大ちゃんとまお。になるんだよね。
ふふ。卒業が楽しみになってきた。

「ま、籍入れるのは、卒業してから、だけどな。」