新学期が始まり、寮にも活気が戻ってくる。

生徒の安全確保とトラブル防止のため、という名目で、寮生と通学生は同じ学年でも制服が違う。
寮生はさわやかなスカイブルーのブレザーに対して、通学生は紺色のブレザー。

夏休みからの入寮ではあったけれど、制服が違うことにみんな気がついて、次々に声をかけてくる。

「あっれえ。浜尾、こんな時期に入寮したんだあ。めっずらしいい。」
「わあ。制服全部買いなおしかよ。不経済だなあ。」
「でも、浜尾君、そっちの制服のほうが似合ってるよ。」

僕の事情を知らない友達が、ただの世間話として話題にする入寮の話。
別に隠すことじゃない。みんなの分もしっかり前向きに僕の人生を歩む、と決めたんだから。
でも・・・。自分から話す事ができない苦しさ。

やめろ。やめろ。ヤメロ・・・・。

「おい。浜尾、顔色悪いぞ・・・?」

夏休み居残り組みの寮生の声がする・・・・。視界がぼやける・・・・。
あの、階段でめまいがしたときと同じような感覚・・・・。


気がつけば。
あの時と同じ保健室の天井をみていた。
・・・でも、今回は先生のあたたかく撫でてくれていた掌が・・・ない。
先生、どこにいるんだろう・・・。

カーテンで仕切られた向こうから、女子のきゃいきゃいとはしゃいだ声が聞こえる。
「先生。彼女とかいるんですか??」
「・・・いないよ。」

「じゃあ、私立候補してもいいかなあ?」
「あっ。ずっるーい。じゃあ、私も!!」
「・・・生徒でしょ。貴方たちは。」

「だって、今年卒業だしい。そんな校則なかったと思うけど。」
「彼女はいないけど、好きな人はいるから、ダメ。」

「ええ~~!!残念っ!!じゃあ、その人にフラれたら、考えてねえ!!」
「・・・・もう、失恋してるかもしれないけどな・・・。」

ぽそり。とつぶやかれた最後の一言が彼女達のハイテンションな声にかき消されて聞き取れない。

なんだ・・。先生、好きな人いるんだ・・・。そっか・・・。そうだよな・・・。
新学期に入った途端、女子もこんなに騒いで・・・。もてない訳、ないもんな。
あんな、容姿端麗。頭脳明晰。おまけにさりげない気配り上手で。
僕じゃなくたって、みんな先生に惚れて当たり前だよ・・・・。

なんで、そんなことに早く気がつかなかったんだろう。
たまたま、夏休みで他に生徒がいなくって。
初めての校医としての担当の生徒。ってだけの存在だったのに・・・。

僕だけにトクベツに優しいのかも、って少しでも勘違いしちゃって好きになっちゃったのが馬鹿だったんだ。女の子だって、よりどりみどりで。
そう思うと、なんだかいたたまれなくなって、カーテンを勢いよく開けて、先生に向かって目が合わないように深々と一礼して、部屋を飛び出す。

「もう、元気になったので帰ります。」
「待てよっ。はまおっ・・・。」

追いかけてくる先生。腕を力強くつかまれる。

「また、発作起こしたんだろ?無理しないで休んで行けよ。今戻ったら、余計にみんなに声かけられるぞ。」

ぐいぐいと腕を引っ張って、保健室に連れ戻され、保健室でたむろっている女子たちに「診察の邪魔だから、出て行ってくれる?」と有無を言わさない声色で彼女達を追いだす。

「・・・・・そうやって、やさしくされるほうが辛いんですっ。関係ないんだから、ほうっておいてくださいっ。」

やっとのことで、ふりしぼった声。

「・・・・関係なくなんかない。・・・・関係なくなんか・・・・。」

先生の腕に、ぎゅっと抱きしめられる。

「頼むから、そんなこと言ってくれるな。・・・・・・俺は、お前が好きなんだから・・・・。」

ふわ。と微かに触れるくちびる。
・・・・・え??先生が、僕を・・・・す・き・・・・・??

「頼むから、側にいさせて。お前を守らせて・・・・・。」

苦しそうに吐き出される先生の本音・・・・・??

「初めて出会った日に素直に感情表現できるお前の涙に癒されたんだ。今まで、救急で日々振り返る暇もなく働いていて、感情をどこかに忘れてきてしまった感じがしてたから。」

・・・僕に、癒された・・・・・??

「つらそうなお前を見るたびに放っておけなくて、何かしたくて、抱きしめるたびに、俺の腕のなかで穏やかな表情になっていくお前を見るたびに、人の心を癒している実感をくれた。」

「俺、自分の将来に迷ってたからさあ。・・・・お前が、俺の心を救ってくれたんだ・・・・。」

・・・僕のほうが、先生に救われていたのに・・・。

「高校生でひとりぼっちにされて、想像もできないぐらい辛いはずなのに。一生懸命前を向いて生きよう。とする姿がいじらしくて。俺なんか、ひとりじゃないよ。って抱きしめるぐらいしかできないけど・・・。浜尾の心の荷物、少しでも軽くしてやりたい。・・・お前の安心した顔をみると、ほっとするから・・・・。」

先生が、そんなふうに僕のことを思ってくれてなんて、思いもしなかった・・・・。
先生に惹かれることは、迷惑をかけること。と思って、ずっと、ずっと我慢していた感情があふれだす。

「ごめんな・・・。好きになって・・・・。浜尾、俺のこと避けてただろ?もしかして、俺の気持ちに気がついて、怖くなって逃げ出したのかな?って不安になって。守るつもりが、逆に追い詰めたのかと思って、距離間を保つのが、難しかったんだ。」

僕の目からあふれ出した涙をどう解釈したのか、すまなさそうに涙をぬぐってくれる。

「やっ・・・。ちがっ・・・・。僕も、先生のことが、ずっと好きだったか・・・ら・・・。」

ああ。もう先生を困らせちゃうのに、うれし涙が止まんないよお。

「・・・先生のあたたかくて大きな手に、僕のほうこそ、何度も救われたからっ・・・・。」

ぎゅううっと背中に腕をまわして、先生を抱きしめる。
僕の大好きな先生の手が、頭と背中を優しく撫でてくれる。

「ありがと・・・。浜尾・・・・・。」