「どうぞ。」

保健室の奥へとつながるドアを開けて、渡辺さん先生が待ってくれている。

「うわあ。なんか、リッチですねえ。」
「・・・・そうかなあ。ほんと、趣味にはしってるよな。」

「・・・え??だれの趣味??」
「・・・あははっ。なんでもない。ま、俺の趣味じゃないなあって。もっと、シンプルでいいよ。」

なんか、全てがイギリス王室ご用達!!って感じの重厚感があって、そんなセレブな育ちじゃない僕でも、アンティークの値打ちもの、ってのがわかるようなこだわりの家具の数々。
ああ。だから、紅茶もきちんと茶葉缶が何種類も合って、ポットでいれるんだ。

もしかして、渡辺先生って、セレブ??
あ。お医者さんって時点で、お金持ちのご子息かあ。
なんて、ちらっと考えちゃうけれど、我ながら下世話だなあ。と思ってそれ以上の詮索はやめる。

「すごいですねええ。」
って、もの珍しそうに、部屋をぐるりとみていると、先生が「ほい。」と僕の腕にタオルとシャツを乗せる。

「シャワー、浴びといで。シャツ、ちょっと大きいかもしれないけど、汗だくのシャツ、もう一回着るよりましだろ?・・・さすがに、ボトムはなあ。お前細すぎるから、俺の貸せないわ。」
「えっと・・・。あの・・・・。ありがとうございます。」

なんだか、ドキドキするじゃないか。
なぜ??と聞かれても困るんだけど、友達の家に泊まって、着替えを借りたことぐらいあるのだけど、なんかだこの腕に置かれた着替えには、ドキドキする。

先生、という立場の人に借りるからだろうか。

なんだか、ドキドキ・・・。の気分のまま、シャワーを借りて、これまたいい香りのシャンプーとボディーそープにドキドキして。
先生の、すれ違い様にふわん。と香る香りが、思い出されてまたドキドキして。

ぱりっとした手入れの行き届いたシャツに袖を通して、微妙に長い袖を、折り返していると、またまた先生の腕の長さってこれぐらいかあ。とかドキドキして。
・・・・はっ。なにを考えているんだろう。僕ってば。
確かに、先生はオトナで、カッコヨクて、頼もしいけれど。
それは、最初にきっと父さんのぬくもりに重なって、安心したからであって・・・・。

ぐるぐる。思考が、めぐる。

でも、明らかに先生という立場の人に、恐縮してのドキドキではない。ということだけは自覚できる。
うん。むしろ、怒られる、とか注意される、というよりは、頼りたくて、以外にフレンドリーで楽しい感じ。


「あの・・。ありがとうございました。」

ちょっと、ドキドキが過ぎて、なんだか気恥ずかしくてさっきまでみたいに真っ直ぐ先生のことが見れなくて、視線を胸のあたりに落としてお礼を言う。
あ・・・・。先生の鎖骨、きれい・・・。ちらりと覗く、筋肉も、逞しい。
つい、そんなことを考えてしまう。

「おう。俺も浴びてくるから、ちょっとだけ、待っててな。」

ぽん。と頭に手のひらを載せられ。
・・・あ。この感覚・・・・。やっぱり、涙がでそうになる。
あたたかくて、大きくて、安心できる・・・・。

シャワールームへ向かう先生の後ろ姿を眺めながら。
ベッドにどさっと横になる。

「先生・・・。反則だよ・・・。その手・・・・。」

目の前で腕をクロスさせて、感情を抑えようとするけれど、腕の隙間から、次から次へと涙があふれてきて。
いつの間にか・・・。歩き回った疲れと、どっとあふれ出した感情に疲れて、眠ってしまっていた。

「・・・はまお?」

やさしく頭を撫でてくれる先生の手のひらの感触で目が覚める。
あ・・・・。僕、眠ってしまってたんだ。
ああ。瞼が重たい・・・。頭、痛い・・・。泣きながら眠るとロクことがない。

「大丈夫か??」
「ん・・・。頭、痛い・・・。胸も、なんか、苦しい・・・。」

「お前、持病とかある?」
「ううん。何にもないと思います・・・・。」

先生が、僕のシャツをまくりあげ、聴診器を胸に当てる。
先生のあたたかい掌が、胸に触れる・・・。聴診器の冷たくて、固い感触が、やけにリアルで。

「ちょっと、ずらすぞ。」
って、ベルトを外し、ボトムをぎりぎりのところまでずらして、お腹の触診をする。
・・・あ。ちょっと、やば・・・っ・・・・。
下腹部に置かれた手が、なんだか変な感情を生み出す。

どうしよう~~~。って、困りかけたとこりで、すいっと離れる先生。

「CTとかないから、確定診断はつかないけど、そんなたいしたことはなさそうだな。不整脈も、雑音もないし。・・・・強いて言うなら、頻脈・・・・??」
「・・・・あ。きっと泣きすぎたから・・・・。頭、痛いだけ・・・。」

脈が、速いのは貴方のせいです。とも言えず。
でも、泣いてたのは、腫れぼったい顔でばらばれだろうから。

「そっか・・・・。初めて、ここにきたときも泣いてたよな・・・。」

ぽん。と頭の上に手のひらを置き、真っ直ぐにみつめてくる先生。

「・・・一人で泣くのが、しんどかったら、いつでもおいで??貧血で倒れるのも、頭が痛いのも、胸が苦しいのも、全部そのせいなんだろ?・・・俺は、精神科医じゃないから、専門的なことはわかんないけど。側にいるぐらいなら、できるから・・・さ。」
「・・・せん。せっ・・・・。」

ぽろぽろと、我慢しなきゃって思っていた涙がこぼれる。
本当は、胸が苦しいのと、頻脈は先生のせいだけれど。
そんなふうに、全てを受け止めてくれる先生の優しさがうれしくて。
家族を亡くした悲しみよりも、今はそのやさしさに触れて、うれしくて、涙がでます・・・・・。

泣いて、いいんだよ。
思いっきり、泣いて。
涙が、すっかり空になったら、前を向いて歩けるから。

そう、やさしくささやいてくれながら、ふんわりと腕のなかに抱きしめてくれる。
ああ。なんてこの腕の中は、安心するんだろう・・。
先生の、、胸の鼓動。この胸板の厚さの頼もしさ。生きている、実感・・・。

すっかり、空腹も、ここが先生の部屋だ、ということも忘れて、感情が昂ぶるままに思いっきり泣いて・・・。
その間ずうっと、だきしめてくれる力強い腕と、背中と頭を、やさしく撫でてくれている手のひらに癒されて。
何も聞かずに、ずうっとそうしてくれていることに、ふと気がついて。

「・・・先生?なんで、泣いてたのか、聞かないんですか?」
「・・・ん?浜尾が、話したくなったらいつでも、聞くよ?気持ちの整理のほうが、先だろ?」

ふあん。とやさしく微笑まれ。
また、さっきみたいなドキン。がやってくる。
・・・・ああ。間違いなく、僕はこの人に惹かれてるんだ・・・・。
出逢ったばかりで、しかも、学校の校医の先生なのに。
この人になら、きっと話せる。

「・・・僕、こんな時期に寮に転入って珍しいでしょ?」
「ああ。君の分だけ、追加リストだったから、よく覚えてる。」

「・・・あのね。夏休みに入る日、に両親と兄が、飛行機事故で・・・・・。」

そこまで話して、ばあああってあの映像がフラッシュバックする。
「やっ・・・・ああっ・・・・・・。」

耳をふさぎ、目をしっかりと閉じるけれど、脳裏にこびりついた映像はそう簡単に消えてくれなくて。

「はまおっ・・・・。無理して、話さなくて、いいからっ・・・。」
先生が、僕の耳も、目もふさいでくれるように、ぎゅうううっと息もできないぐらい、強く抱きしめてくれる。

「はあっ・・・。はあっ・・・。」

先生の腕が、少しずつあの映像ぼやけたものにしてくれて、やっと息が出来るようになる。
「浜尾は・・・。ここにいるだろ・・・?俺には、なんにもできないけど、こうやって抱きしめて、お前の存在を確認することは、できるから・・。」
「・・・・はあっ・・・。」

「一人が、苦しくなったら、いつでもおいで?」
「・・・・・・。」

恐怖と、抱きしめられる安心感と、好きになってしまいそうなやさしさに、感情が翻弄されて、なんて答えてよいのかわからずに、抱きしめられたまま、きゅっと先生のシャツをつかんだ。