その日の夜は、なんだか久しぶりに、現実に戻ってきた気がして、夢も見ずにぐっすり眠れた。
朝。
窓から差し込む光で、目がさめる。
この学院は、山の中にあって、高度もそれなりにあるからか、とても涼しい。
夏でも、クーラーなしですごせるような快適さだと、入寮してから初めて知った。
「むしろ、夏休み、こそ学校に来てたら快適だったのになあ。」
なんて、3年生になってようやく気がつく。
窓を全開にして、朝の自然いっぱいのさわやかな空気を吸い込むと、意識がしゃんとしてくる。
「ごめんね。父さん。母さん。兄さん。今まで逃げてて。」
そう。きっと、無念に違いなかったのに、残された僕が無気力にぼろぼろになることなんて、誰も望んでなんかいないんだから。
昨日、なぜだかわからないけど、渡辺先生のおかげで、緊張の糸がぷつり。と切れて、やっと新しく一歩を踏み出せるような気がしてきたよ。
目に染み入るような、どこまでも真っ青な青空を見上げて、この空の上のどこかにいる父さんたちに話かける。
「さて。今日はなにしよっかなあ。」
夏休み。
寮生は、ほとんど残っていないし、今まで通学生だった僕は、いきなり部屋に遊びにいけるほどの、親しい友達が寮にいるわけでもなくて。
「渡辺先生のところにでも、遊びにいこっかなあ。・・・昨日の今日で、迷惑、かなあ。」
ベッドに腰掛けて、足をぷらぷらさせてみるけど、他にいいアイデアも浮かばなくて。
「いいや。また来てもいいって言ってくれてたし。せっかくだから、校内を案内してあげよう。」
ぴょん。とベッドから飛び降り、保健室に向かう。
・・・保健室に行くのに、こんなうきうきしてるのって、なんか変な感じ。
ふふふっ。
自分で、自分の足取りの軽さを自覚して、思わす笑みがこぼれる。
コンコン。
「どうぞ。」
ドアから、ひょこっと顔をのぞかすと、めがねをかけてなにやら難しそうな本のページをめくっている先生。わあ。やっぱり、先生なんだなあ。・・・・・・なんて、馬鹿な感動をする。
僕と、目があうと、めがねを外してふわり。と微笑んでくれる先生。
ああ。なんだかこの笑顔だけで、心がほんわかするよ。
「おや。浜尾君。いらっしゃい。真面目に通ってきたんだ。・・・・調子は。どう??」
「あ・・・。おかげさまで、ダイブすっきりしました。」
「だろうね。昨日と、全然顔色が違う。」
「あ・・・。昨日は、ちゃんと眠れたから。」
「そう。やっぱり、食べるのと、眠るのは基本だからな。ちょっと、ここ座って?」
「あ。はい。」
先生の向かいのイスを勧められ、ちょこんと座ると、先生が腕まくりをして、「ちょっとごめんね。」とか言いながら、下まぶたを引っ張る。
あ。先生の指、あったかくてきもちいい・・・。
「うん。貧血もましになったみたいだし。もう、心配ないかな?」
あ。そうか。元気になったら、用事なくなっちゃう・・・。
なんだか、そんなことをとっさに考えてしまって。
「えと。先生、昨日、校内案内する約束しましたよね??僕も、暇だから、一緒に散歩でもしませんか?」
「おっ。助かるよ。なんか、この学院って、すっごく広くないか?食堂にたどり着くのも、ひと苦労、だったんだけど。医者よりも、迷子案内の交番のほうが必要なんじゃないかって思ったぞ。」
「あははっ。昔は、金持ちのご子息が通ってたみたいですから。」
「ほんと、趣味に走ってるよなあ。」
よかった。
先生に会いに来る口実ができて。
夏休み・・・。退屈せずに済みそうだ。
木漏れ日の落ちる、細道を、二人で並んで歩く。
教室と保健室のある本館を挟んで、トンネルを抜けると寮と食堂があって。
ちなみに、寮は今でも男子だけ。女子の受け入れは歴史が浅くって、寮までは整備されていない。
反対側には、特別棟がずらり。
図書館でしょ。弓道場でしょ。天文台でしょ。そんで・・・。一番はずれが、温室。
「へええ。」っていちいち感心しながら、僕の説明を聞いてくれる渡辺先生。
ふふ。ちょっと得意な気分。
3年だからね。敷地のことに関しては、詳しいよ。
学院内を、一通りめぐると、すっかり昼を過ぎてしまった。
「あっついなあ。さすがに。」
「ほんとですね・・・。」
いくら、この学院が涼しいとはいえ、真夏に半日も屋外を散歩したら、すっかり汗だくになってしまった。
「どうする?浜尾。シャワー浴びてから、食堂行く??どうせ、通り道だし。」
「え?でも、寮のほうが食堂より遠い・・・・。」
「だから、保健室で。」
「保健室に、シャワールームがあるんですか?」
「・・・・っていうか、あの奥に俺の部屋があるの。だって、寮生の夜間対応とか、できないだろ?」
「そうなんだ・・・。」
得意げになっていたけど。
校医の先生が住み込みだったなんて、知らなかったよ。今まで。
そりゃあ、そうだよな。
でも、昨日の今日で、いきなり部屋におじゃましちゃったら、悪いかなあ。
などど思い、返事に困っていると。
「じゃあ、決まり。汗かいたまま、クーラーきいた食堂なんて行ったら、風邪ひいちまうし。校医命令、な。」
「えっと・・・。はい・・・・。」
なんだか、強引だけれど、その強引さが頼もしくて、心地よい。
「いくぞっ。浜尾。」
「あっ。待ってください。」
一回案内しただけなのに、すっかり地図が頭のなかにインプットされたらしい先生は、来る時とは全然違う迷いのない歩みで、すたすたと保健室のほうへと戻ってゆく。
頼もしい、後ろ姿。
広い背中。
僕より、少し背が高い身長は、ちょこっと見上げる感じで。
ポケットに手を突っ込んで、白衣の裾をひるがえしながら大またに歩く先生をみていると、なんだかひとりぼっちなことを忘れられる気がした。
朝。
窓から差し込む光で、目がさめる。
この学院は、山の中にあって、高度もそれなりにあるからか、とても涼しい。
夏でも、クーラーなしですごせるような快適さだと、入寮してから初めて知った。
「むしろ、夏休み、こそ学校に来てたら快適だったのになあ。」
なんて、3年生になってようやく気がつく。
窓を全開にして、朝の自然いっぱいのさわやかな空気を吸い込むと、意識がしゃんとしてくる。
「ごめんね。父さん。母さん。兄さん。今まで逃げてて。」
そう。きっと、無念に違いなかったのに、残された僕が無気力にぼろぼろになることなんて、誰も望んでなんかいないんだから。
昨日、なぜだかわからないけど、渡辺先生のおかげで、緊張の糸がぷつり。と切れて、やっと新しく一歩を踏み出せるような気がしてきたよ。
目に染み入るような、どこまでも真っ青な青空を見上げて、この空の上のどこかにいる父さんたちに話かける。
「さて。今日はなにしよっかなあ。」
夏休み。
寮生は、ほとんど残っていないし、今まで通学生だった僕は、いきなり部屋に遊びにいけるほどの、親しい友達が寮にいるわけでもなくて。
「渡辺先生のところにでも、遊びにいこっかなあ。・・・昨日の今日で、迷惑、かなあ。」
ベッドに腰掛けて、足をぷらぷらさせてみるけど、他にいいアイデアも浮かばなくて。
「いいや。また来てもいいって言ってくれてたし。せっかくだから、校内を案内してあげよう。」
ぴょん。とベッドから飛び降り、保健室に向かう。
・・・保健室に行くのに、こんなうきうきしてるのって、なんか変な感じ。
ふふふっ。
自分で、自分の足取りの軽さを自覚して、思わす笑みがこぼれる。
コンコン。
「どうぞ。」
ドアから、ひょこっと顔をのぞかすと、めがねをかけてなにやら難しそうな本のページをめくっている先生。わあ。やっぱり、先生なんだなあ。・・・・・・なんて、馬鹿な感動をする。
僕と、目があうと、めがねを外してふわり。と微笑んでくれる先生。
ああ。なんだかこの笑顔だけで、心がほんわかするよ。
「おや。浜尾君。いらっしゃい。真面目に通ってきたんだ。・・・・調子は。どう??」
「あ・・・。おかげさまで、ダイブすっきりしました。」
「だろうね。昨日と、全然顔色が違う。」
「あ・・・。昨日は、ちゃんと眠れたから。」
「そう。やっぱり、食べるのと、眠るのは基本だからな。ちょっと、ここ座って?」
「あ。はい。」
先生の向かいのイスを勧められ、ちょこんと座ると、先生が腕まくりをして、「ちょっとごめんね。」とか言いながら、下まぶたを引っ張る。
あ。先生の指、あったかくてきもちいい・・・。
「うん。貧血もましになったみたいだし。もう、心配ないかな?」
あ。そうか。元気になったら、用事なくなっちゃう・・・。
なんだか、そんなことをとっさに考えてしまって。
「えと。先生、昨日、校内案内する約束しましたよね??僕も、暇だから、一緒に散歩でもしませんか?」
「おっ。助かるよ。なんか、この学院って、すっごく広くないか?食堂にたどり着くのも、ひと苦労、だったんだけど。医者よりも、迷子案内の交番のほうが必要なんじゃないかって思ったぞ。」
「あははっ。昔は、金持ちのご子息が通ってたみたいですから。」
「ほんと、趣味に走ってるよなあ。」
よかった。
先生に会いに来る口実ができて。
夏休み・・・。退屈せずに済みそうだ。
木漏れ日の落ちる、細道を、二人で並んで歩く。
教室と保健室のある本館を挟んで、トンネルを抜けると寮と食堂があって。
ちなみに、寮は今でも男子だけ。女子の受け入れは歴史が浅くって、寮までは整備されていない。
反対側には、特別棟がずらり。
図書館でしょ。弓道場でしょ。天文台でしょ。そんで・・・。一番はずれが、温室。
「へええ。」っていちいち感心しながら、僕の説明を聞いてくれる渡辺先生。
ふふ。ちょっと得意な気分。
3年だからね。敷地のことに関しては、詳しいよ。
学院内を、一通りめぐると、すっかり昼を過ぎてしまった。
「あっついなあ。さすがに。」
「ほんとですね・・・。」
いくら、この学院が涼しいとはいえ、真夏に半日も屋外を散歩したら、すっかり汗だくになってしまった。
「どうする?浜尾。シャワー浴びてから、食堂行く??どうせ、通り道だし。」
「え?でも、寮のほうが食堂より遠い・・・・。」
「だから、保健室で。」
「保健室に、シャワールームがあるんですか?」
「・・・・っていうか、あの奥に俺の部屋があるの。だって、寮生の夜間対応とか、できないだろ?」
「そうなんだ・・・。」
得意げになっていたけど。
校医の先生が住み込みだったなんて、知らなかったよ。今まで。
そりゃあ、そうだよな。
でも、昨日の今日で、いきなり部屋におじゃましちゃったら、悪いかなあ。
などど思い、返事に困っていると。
「じゃあ、決まり。汗かいたまま、クーラーきいた食堂なんて行ったら、風邪ひいちまうし。校医命令、な。」
「えっと・・・。はい・・・・。」
なんだか、強引だけれど、その強引さが頼もしくて、心地よい。
「いくぞっ。浜尾。」
「あっ。待ってください。」
一回案内しただけなのに、すっかり地図が頭のなかにインプットされたらしい先生は、来る時とは全然違う迷いのない歩みで、すたすたと保健室のほうへと戻ってゆく。
頼もしい、後ろ姿。
広い背中。
僕より、少し背が高い身長は、ちょこっと見上げる感じで。
ポケットに手を突っ込んで、白衣の裾をひるがえしながら大またに歩く先生をみていると、なんだかひとりぼっちなことを忘れられる気がした。