----------次の日。

仕事から帰ってくると、まおが、教科書を胸に抱えて、俺の家の玄関のドアにもたれて待っていた。

「あっ。まお。早かったなあ・・・・??」
「あっ!!大ちゃん。おかえりいい。んふふ。楽しみすぎて、早く着いちゃった。」

俺を見つけると、ぱああと、花が咲いたように明るい笑顔になって、笑うまお。

「寒かったのに・・・・。ごめんな?」
「ううん。ぜんっぜん!!」

「まあ、入れよ。」
「うふふ。おじゃましま~~す。」

部屋に入るように促した背中が、冷たい。
本当は、だいぶ待っていたんだろうに。

ダイニングテーブルに、ちょこんと座って、教科書を並べているまお。
本当に・・・・。勉強するつもりで来たんだな・・・。まおは。
ぷぷっ。本当に、嘘がつけないというか、真面目というか・・・・。

「まお?なんか入れようか?」
「ん~~。じゃあ、ココア。」

「ココア??そんなもん、置いてないよ。・・・紅茶でも、いい??」
「うん。それでいい。あ!!砂糖、たっぷりでねえ。」

ああ。まおのために、ココアも買っておかなきゃなあ。
参考書に、ココア。
俺一人では、絶対に買わないようなものが、この家に増えてゆくのが、うれしい。


コーヒーと、砂糖たっぷりの紅茶をとん。とテーブルに並べて、まおの教科書を覗き込む。

「うっわあ。懐かしいなあ。ログとか、シグマとか・・・・。これ、なんだっけ??第二関数??」
「・・・もうねえ。記号ばっかりで、泣きそう・・・・。公式とか、いっぱいありすぎて、訳、わかんないし・・・。」

情けない声をだすまお。
その困り果てたような表情もかわいい。
いいなあ。勉強がわからない。なんて悩んでた時代なんて、とっくに忘れてたよ。

「あははっ。数学苦手なやつって、みんなそうだよな。パズルみたいなもん、なんだけどなあ?わかった瞬間は、物凄く、面白いよ?これと、これを組み合わせて・・・。ほら。そしたら、答えがでるだろ?」
「・・・・んん~~??」

「だから。この公式は、これの形が変わっただけのヤツ。全部、覚えなくてもいいから、意味を理解したらいいんだよ。」

まおのノートに、ヒトツ、公式を書いて、そこから、変換するまでの途中経過を、書いてやる。

「わああ!!!ほんとだああ。全部、一緒なんだ!!」
「俺、反対に覚えるの苦手だから、一個しか覚えなかった。」

「すっごいねえ。大ちゃん。尊敬しちゃう。」

まおが、キラッキラの瞳で、俺を見上げてくる。
その無邪気な瞳に吸い込まれて。

気がつけば。

キスをしていた。

やわらかくて、ほのかにあたたかい、まおの唇。

初めて触れるわけではないけれど、初めて触れるようなトキメキが胸をきゅんと締め付けて。

そっと、離れると・・・・・。

まおが、びっくりしたように、ぱちくりと目を開けたまま、固まっていた。

「・・・・まお??」
「・・・・・びっくり・・・した・・・・。」

「キスするの、いや?」
「ううんっ。そんなこと、ないっ!!ココロの準備ができてなくって、びっくりしただけ。」

我に返って、耳まで真っ赤にして、恥ずかしそうにうつむくまお。

「・・・ココロの準備、できた??」
「うん・・・。」

「じゃあ、もう一回・・・・・。」
「ん・・・・・。」

ふわり、ともう一度、唇を重ねる。
テーブルの上に置かれたまおの手に、掌を重ね、握り締める。

「ん・・・。だいちゃ・・・・。」

わずかに離れ、まおが俺を呼ぶ。

「・・・なあに?まお・・・・・・。」
「・・・・あいしてる。よ・・・・。」
「俺も。あいしてる。」

再び重ねた唇と手の平から、まおの思いと、わずかな緊張と、高鳴る鼓動が伝わってきて。
初めてのまおとのキスは、まさに初恋のような甘酸っぱい香りがした。


やさしいキスを、何度も繰り返して、見詰めあいながら、ゆっりと離れる。

「ふふ。なんか、恥ずかしいね。」
「ほんと、撮影のときに、何回もしてるのにな?」

おでこをくっつけたまま、お互いにふふ。と照れ笑い。
ほんわかとした空気に包まれているようで、心まであったかくなる。


「さあ。まお。数学、やっつけちゃおうか。」
「うんっ!!大ちゃんが教えてくれたら、なんかすっごく、数学楽しいような気がしてきた!!」

「そっかあ?じゃあ、俺、まお専属家庭教師な?」
「えへへっ。いいのおお??じゃあ、今後とも、お願いします。」
「いえいえ。こちらこそ。」

二人で、ぺこり。と頭を下げて、二人で爆笑する。

一生懸命、考えているまおの姿は、舞台とはまた違った真剣さがあって。
新しい、発見だなあ。とか思いながら、懐かしい数学をまおと一緒に解く。
ああ。このスコン。と答えがハマル感じ、やっぱり快感だなあ・・・・。

なんだかんだで、自分も一緒に勉強を楽しんだ。


「そろそろ、帰らなきゃ・・・・。」
「あ。だな・・・。」

時計は、まだ7時だけれど、家族がいるまおにとっては、もう、こんな時間。

「なあ?まお。明日は、晩メシ、こっちで食べないか?」
「・・・えっ。いいのお?」

「ああ。まおのために、腕を振るうよ。」
「わあ。大ちゃんの手料理、楽しみ~~。お母さんに、明日は、ごはん要らないって言っておくね?」


玄関で、靴を履いているまおの背中。
明日、また会えるのだけど。
本当に、楽しい時間はあっという間にすぎてしまう。
一日、24時間が同じリズムで刻まれているなんて、信じられないくらいに。

「まお・・・。それと、忘れ物。」
「あっ。ごめん。なんか、あった??」

「はい。うちの、鍵。」
「・・・・ええっ!?」

「明日も、来るんだろ?外で待ってるの寒いから、まおの方が早かったら、中に入って、待ってて?」
「だいちゃああん。」

うるうると、瞳を潤ませて、俺に抱きついてくるまお。
うれしい。けど、離れてほしいような・・・。

オトナの自制心で、がんばらねば。
ここで先を急いで、まおの信頼を失うようなことをしてしまっては、いけない。

そして。せっかくまおが作ってくれた理由。
家族が快く、まおを送り出してくれることに感謝して、きちんと遅くなる前に帰さなきゃ・・・な?

「だいちゃん。」
「・・・ん?」

まおが、胸に教科書を抱えて、少し背伸びして待っている。
まあ、お別れのキスぐらいは、いっか・・・・。

ちゅっ。と、軽くキスを落として、すっごく早いんだけど、「遅いから。」と理由をつけて、駅まで送って送っていった。