「浜尾君?ちょっといいかな?」

いつものようにお部屋の掃除をしていると、にっこにこのオーナーさんに声を掛けられる。

「最近、すっかり軌道に乗ってきて、お客さんが増えたのはいいけど、すっかり君に負担かけちゃってるだろ??毎日、電車とバスを乗り継いで、通ってきてくれて。・・・・もちろん、よかったら、なんだけど、ここに住み込んでみないか??」
「・・・・・え。でも・・・・・。」

「渡辺君のこと?・・・・もちろん、彼にも話はしてるよ?・・・・ふふふっ。君たち、おんなじ答えだね。彼も、浜尾君がいいなら。て言ってた。」
「それは・・・・。このホテルのことは大好きなので、そんな光栄なことはないですけど・・・・。」

「じゃあ、決まりだね。家賃は、最後の戸締り確認でいいから。私の仮眠用に予備に作っておいた部屋が空いてるから、そこにどうかな?角地だし。回りに気を使わなくって済むし・・・・?」
「え。でも、ちゃんとお給料もいただいてるのに、悪いです・・・・。」

「あ~あ。君たちしか、いないんだけどなあ。他の従業員は家庭もちだし。泊まってくれたら、私が気楽に
家に帰れるんだけどなあ・・・・?」
「あの、でも、一回実家に相談してから・・・・。」

「もちろん、返事は急がないから。いい返事、待ってるよ?」

ひらひら。と手を振りながら部屋をでていくオーナー。
もうっ。なんて粋な人なんだろう。
絶対、今回も僕とダイチャンのことを思って、の計らい。

なのに、「自分がラクしたいから。」なんて理由をつけて、オーナーさんが無理やりお願いしているように見せかけて、僕達が気を使わないようにしてくれている。
本当は、二つ返事で受けたいぐらい嬉しいお話だけれど。

まだ、未成年の僕は、一応親の意見もきかないと・・・・ね?


今日は、大ちゃんは夕方開かれるバースデーパーティーの用意のために中庭にいるはず。

2階から見下ろすと、まだまだまぶしい日差しのなか、大ちゃんがスーツに長めの白いエプロンをして、テキパキとみんなに指示を出している。
ああ。やっぱりお仕事している大ちゃんは、惚れ惚れするほどカッコイイ・・・・・・。

しばらく、自分のお仕事を忘れて、ついつい見詰めていると、大ちゃんが視線を感じたのか、こちらを見上げてひらひらと手を振ってくれる。

------------ふふっ。お互い、がんばろうね。

大ちゃんに、ひらひらと手を振り返して、あと一部屋分だったお掃除を気合を入れなおして終わらせて。
掃除道具を片付けに一階に下りたついでに、そのまま中庭へと手伝えることはないかなあ?と覗きにいく。

「だい・・・渡辺さん。手伝うこと、ないですか?」
「んん~~??もう、あとは料理だけ、だよな?・・・ちょっと、休憩しよっか。」

他のスタッフにも声をかけて、エプロンを隅に置いてあったスタッフ用のイスに掛けると、木陰に置いてあるベンチのように誘われる。
バカラのクリスタル硝子だろうか??澄んだ透明な硝子に、冷たい水を汲んできてくれて手渡してくれる。

「・・・はい。まお。」
「あ。ありがとうございます。」

「・・・あれ?なんで敬語?」
「なんか、お仕事してる大ちゃんを見てると、自然とそうなっちゃって・・・。」

「もしかして、コンシェルジュのほうが上。清掃員の僕は下。なんてまだ思ってる?」
「そうなのかなあ・・・。」

確かに、ここにいると仕事は清掃員スタッフ、なんだけど、話し合いの場では一人のスタッフとして未青年の僕の意見も尊重してもらえているのを感じる。
こんな木漏れ日の中で、こんな素敵なグラスに入った水を飲みながら休憩するなんて、一般のホテルの清掃員では考えられないような、優雅さ。

「ホテルを支えるスタッフは、みんな仲間。だろ?厨房の人たちだって、俺も、まおも。誰一人欠けたって、成り立たないんだから。」
「うん・・・。そうだよね。そういえば、オーナーさんから、住み込みにならないかって誘われたんだけど。」

「ああ。俺も、聞いた。家賃は、戸締り、だろ??」
「オーナーさんも、気軽に家に帰れるからって・・・・。」

「まおは、どうしたいの?」
「そりゃあっ!!このホテルに大ちゃんと毎日泊まれるなんて、夢みたいだよ。でも、一応親とも相談しないと。・・・このホテルのこと、紹介もしたいしね。」

「そうだな。一回、両親招待すれば?」
「あ。それいい考え!!!お給料も、一泊分ならなんとかなるぐらい溜まったしねえ。」

「じゃあ、まおの両親の許しがでたら、決定ってことで。」
「ふふふ。楽しみ~~。大ちゃんのお部屋、かあ。」

「それまでに、オーナーさんに部屋見せてもらっとかないとな。」
「あ。そうだね。」

木漏れ日の光で、キラキラと反射するミネラルウォーターが入ったグラスを大ちゃんのグラスとチン。と合せる。

「まおの両親への親孝行と、おれ達の未来に乾杯。」
「乾杯。」

ああ。喉に染み入るよく冷えた水がおいしい。
このさわやかな空気と、小川のせせらぎと、小鳥のさえずり。

さああああっと吹き抜ける風が、僕とダイチャンの髪の毛を揺らしてゆく。
ああ。どこもかしこもお勧めすぎて、迷うなあ・・・・。

いっそのこと、お休み、もらっちゃおうかなあ?
シフト、大丈夫だったかな?