昨夜は、初めて涼しい。と思った。

昼間はまだまだ暑いけれど、カーテンを揺らして吹き抜ける風が、熱風ではなく、心地よい。
まおが、窓辺で体育すわりをして気持ちよさそうに涼んでいる。

「まお。今夜は窓を開けて眠れそうだな。」
「・・・そうだね。そうしよっか。」

ふわり、と天使が舞い降りたように微笑むまお。
----------あ。デ・ジャ・ブ。

カーテンにゆらゆらと、見え隠れしながら、はかなくもやわらかく咲き誇る花のようで。
手を伸ばすと消えてしまいそうな、夢のワン・シーンのように感じる。


まおに、片思いだったあのころ・・・・・。
たくみに片思いだった、ギイ・・・・・。

秋の訪れを感じるたびに、エネルギッシュな夏が去りゆく寂しさからか??
片思いの切なさ。を時々思い出す。
まだあどけなさを残した、ひな鳥だったまお。
触れ合いたくても、思いを伝えることさえためらわれた日々。
泣きたいぐらいに、まおへの愛をギイにたくした音楽堂のシーン・・・・・。

-----------秋。



リリリリリリリリリリ・・・・・・・・。

「ん・・・・。虫の、音??」
「・・・あ。そうだねえ。きれいな、音色・・・・・・。」

いつのまにか、セミのにぎやかな声はなりを潜め、代わりに鈴虫の音色で起こされる。
久しぶりの、クーラーなしで眠りについた今朝は、ひんやりと冷たい朝の空気で自然に目がさめて。

何気げなくつぶやいた独り言に、まおの返事があって、起きていたことに気がつく。

「まお・・・。起きてたんだ。」
「うん・・・。虫の音色と、ダイチャンの心臓の音が心地よくて。ずっと聞いてた。」

「なんだか、人恋しくなるなあ。」
「・・・・うん。こうやって、大ちゃんの腕の中にいられて、幸せ・・・・・。」

そう。何年も、何年も、降り積もる思いにおたがい切なさを募らせて。
やっと、やっと一緒に歩んでゆく決心ができて。
今は、こんなにかけがえのない存在として、抱きしめあえるしあわせ。


------------唐突に。

「ねえっ!!大ちゃん。ジョギングに行こう!!」
「・・・・えええっ!?」

「だって、こんなにさわやかな朝なのに、もったいない!!」
「そりゃあ、そうだけど・・・・。唐突だなあ。」

「ねっ!!ほらほら。大ちゃん、お仕事充実~~。だから、しっかり体力つけないと。・・・気合抜くと・・・・。」
「・・・わかってるって。腹が、たるむ、だろ??」

「そんな言い方はしてないよお。自分が、おじさんおじさん言うから、三十路過ぎたら、努力も必要だねって言っただけじゃん・・・。おれも、気合ぬくと、すぐ筋肉落ちちゃうから、つきあってよ。」
「・・・・まおのため?」
「・・・・そう。おれの、ため。」

ふふっ。まおのためなら、喜んで付き合おうじゃないか。
もちろん、自分も体力勝負!!で、早朝のジョギングはいいアイデアだと思うけれど。

まおは、「自分のわがままにつきあわせる。」というスタンツを取る事で、俺が自分のために努力するのではなく、「仕方なくつきあってやってる。」と俺を持ち上げてくれているのは、百も承知で。

やなとなでしこ、を演じてくれる、まおが作ってくれる心地よい居場所に落ち着く。

「ほらほら。大ちゃん、これ着て??」

うれしくて、しかたがない。というように、フードつきのスエットをたんすから引っ張り出してくるまお。
自分も、いそいそと着替えて、すでに玄関で待っている。

「大ちゃん・・・。これって、デート、だよね??」
「あははっ。ものすごく、健康的なデート、だな。」

・・・・・・・そうか。昼間に特に用もなく二人でぶらぶら出かけることが叶わないから。
まおにとっては、二人でジョギング。も立派なデートなんだ。

ゆっくり、カラダをあたためるスピードから始めて、あの約束の大木のある公園へと向かう。
人気のほとんどない、早朝の公園。
まだ冷たさを感じる空気が、肺を満たしてゆく。

まおと並んで、お互いのペースを無言で確認しあいながら、走る・・・・・。
お互いの、息遣いで、理解しあい、語り合う。


「・・・・ねえ?大ちゃん・・・・・。」
「・・・・ん??」

「おじいちゃんになっても、こうやって一緒にならんで散歩しようね・・・・。」
「・・・そうだな。ものすごく、健康的なデートだ。」

ふふふっ。と何十年後かに思いを馳せて。
それまで、ずっと、ずっと見守っていてください・・・・。

あの大木の下で、休憩をとり、そう願う。

片思いの切なさも、両思いの幸せも、これから歩んでゆく人生も。

何十回と重ねる、うつりゆく季節を貴方とともにすごせますように。