なぜかって、自由が効くようにです。
昔、札幌YOSAKOIソーランを立ち上げた長谷川岳さんの著作に、自分達のやりたいことをやるために、行政からの補助金はあまり頼りにしない、という旨の記述がありました。
当時は、「ふーん、そんなもんなのかな」という程度にしか思ってませんでしたが、今は、とても共感しています。
ハッキリ言えるのは、行政が必要以上に介入する祭り・イベントは、間違いなくダメになるってことです。
今から10数年前に尾鷲市を中心に立ち上がった「熊野古道まつり」。
この祭りは、県が地域との協働を銘打って展した「生活創造圏づくり」の事業の一つとして立ち上がりました。
凛を立ち上げた頃の僕も、おわせ八天会というチームの代表だった小西会長に誘われ、実行委員会に入り、広報を担当しました。
さて、この祭り、実施にあたり、相当、県からいろんな横やりや指示などが入りましたが、小西会長は、一切を跳ね除け、県に睨まれながらも、熊野古道まつりを実行委員のメンバーとの協力の中、見事、成功させました。
そして、一番大事なのは、「生活創造圏づくり」で、県の肝煎りにより「住民との協働」との大義名分のもと、様々なイベントが行われましたが、「生活創造圏づくり」が終わると、行政の言うことをよく聞いていたイベントは、どれもがなくなってしまい、生き残ったのは、ひたすら行政の横やりに歯向かい続けた「熊野古道まつり」だけだ、ということです。
行政が作る総合計画など、各種計画は、字面は綺麗に整ってます。
そりゃそうでしょ。それを専門に仕事してるんだし、大体がどこかのコンサルに委託して、テンプレートにはめ込んで作ってる訳だから。
ですが、様々な想いや熱意の実現に向けて、ボランティアベースで取り組む市民の活動は、作文の中に、つじつまを合わせて完結させられるようなものではなく、もっと躍動感のある生命力にあふれたものです。
補助金をタテに、必要以上に口出ししてくるような行政は、そのイベントそのものを潰してしまいます。
行政が本気で、住民との協働を目指すのなら、まず「協働」などというお役所用語を捨て、一個人として、そのイベントに参加し、汗をかき、恥をかき、夢を描くところから始めないといけません。
もう一回繰り返しますが、行政が必要以上に介入する祭り・イベントは、間違いなくダメになります。