告白。    ~違和感 | 『わたし』解体新書

『わたし』解体新書

説明のできない、『わたし』の世界。

今まで、『自分がおかしい』前提で自分探しをしてきたけど
世界の中の、ひとりの人間・・・の目線から。
わたしだけの目線で、わたしの世界を見つめ直すブログ。

小さいときから、違和感を感じていたんです。



見えているもの、聞こえているもの

感じているもの



みんな同じだと思って

疑ってもいなかったけれど



人、それぞれ違うのだと。




母によれば

「なんでもすぐにできる子だった」

「1言えば、10わかるような子だった」

「とても気が利いていて、賢かった」


4歳から習い始めた音楽教室では

周りは、親が一生懸命先生の話を聞きながら

子どもに教えているのに

わたしは、すぐに自分で覚えるので

母は何もすることがなく、とても印象に残ったそうです。


保育園のときから

自分でシューズを洗ったり、

次の日の準備を整えたり、していたので


「とても、手のかからない子」

と、早いうちから放任されがちになっていました。



やれば何でもできる。

頭の回転の速い、器用で賢い子。



母は、わたしのことを

「天才かもしれない」と思っていたようです。


その期待が大きすぎて

やがて、押しつぶされてしまうのですが…




そして、わたしは、大人に疎まれがちでした。

大人の話に、入ってしまうから…もあったのだろうけど

大人の言う、建て前とか、その場を取り繕う適当な嘘が

不愉快だったのです。


曖昧なものは、はっきりさせたいし

間違ってるものは、正したい。


保育園の先生から

「大人を言い負かそうとする」

とマイナス評価を受けるほどでした。



笑って立ち話をしている、大人同士の

本音が垣間見えたり

矛盾を感じたりして


悶々とするようになりました。




例えば


小学1年生のときに

学級委員長をしていたわたしと

いわば、問題児と言われていた男友達とで

火遊びをして、原っぱを燃やしてしまったときに


学校で先生に怒られたのですが


優等生をやってたわたしは

ほとんどお咎めがなく

「あなたなら、ちゃんとした判断もできるでしょう。

 もう、あの子と関わらないように」と

釘を刺されたくらいでした。



実行犯は、確かに彼だったのだけど

一緒にいて、同じことをしたのに

彼だけあんなに責められて

普段の行いだけでこんなに扱いが違うなんて

理不尽だと



大人に対する不信感が

刻まれる大きな出来事でした。




同じ頃

やはり、小学1年生のときに


わたしは、通学途中の

知らないおじいさんに


性的ないたずらをされていました。


何度か誘われて

家にいったような気がします。


「きれいにしてあげるからね」と

ただただ、わたしの陰部を舐めるおじいさんでした。


わたしは…

性的なことなど何も知らないし

自分が何をされてるのかもよくわかっていなくて


さらに、おじいさんはちっとも怖くなかったので

イヤな感じは、していませんでした。



その後、そのことが発覚して

おじいさんは警察に捕まったようでした。


大人たちが、こそこそと噂をしているのが

時々耳に入ったけれど


わたしは、あのおじいさんを、悪くは思えなかったです。


その後も

記憶が残ったまま、少し成長して

その当時のことを考えたときにも


『あのおじいさんは、純粋だった。

 いけないことだったのかもしれないけれど

 まっすぐだった。』

そんな感覚しか湧かなくて、むしろ


同情するような感じで

遠巻きに噂話をしているような大人たちの方が

けがらわしくて、いやらしい感じがして


当時の担任の先生のように

言ってることと、やってることに

隔たりのある大人には


嫌悪感しか募りませんでした。


同時に


その出来事のことを心配する…よりは

世間体を気にしている風だった母親にも


淋しさを感じていました。



現実に起こった出来事よりも


その、周りの反応で


『わたしは汚れてしまったんだ』

『してはいけないことをしてしまったんだ』

と、感じさせられていました。