どうもです、りんですm(_ _)m



またしてもしばらく間があいてしまったなぁ……



茨城県那珂市鹿島1460

鹿島神社(かしまじんじゃ)


鳥居


社号標


参道




手水舎


境内社


拝殿


拝殿


本殿


境内社


境内社


要石


境内社




北参道鳥居



大同4年(809)、創建



江戸期、除地1石9斗7升7合



元々は八幡神社であったが徳川光圀の命により、元禄9年(1696)鹿島神社に改められる



当時は那珂郡磯崎村・中岡村両村の鎮守であったが天保13年(1842)に両村合併し鎮守の名を頂き鹿島村となる



明治6年(1873)4月、村社列格



大正2年(1913)3月13日、供進指定



昭和27年(1952)12月4日、宗教法人設立



御祭神は武甕槌命



さて、こちらも御多分に漏れず元々は八幡神を祀っていた関係上、水戸藩の八幡改めにて御祭神変更が行われた神社でして、八幡改めでというと静神社か吉田神社かに変更が多いのですか、数は少ないが鹿島へと変更になったところもあるのですよ……



詳しく調べてはいないので、八幡から鹿島へと変更になった神社が幾つあるかと言われるると困るのですよ( ̄▽ ̄;)



そのうち水戸藩の社寺改革は詳しく調べてみようかなとは思っています



あと調べ不足で鹿島神社が磯部村か中岡村のどちらに鎮座していたかは判断がつかないのですが、日本歴史地名体系によると磯崎村の項に南は中岡村があり北は低地で南は台地と書かれている事と川で村域が分けられていた事が多いのでこの地図でみると鹿島神社南に田圃があるところに細い川(谷津川)が流れているので、この辺りで区切られていたのではないかと……



あくまでも私の推測なので間違っているかもしれませんが、谷津川が村境として鹿島神社は磯崎村にあったのでは?



御朱印



久しぶりの更新、自分の手持ち資料や図書館で郷土史などを漁ってみたものの、なかなか由緒的に詳しく書いてない資料ばかりで内容がちょいと薄い……



田舎の神社はこういうの(内容薄め)が多いけど、下手に盛りに盛ってるある意味怪しげな由緒よりはいいのかなと思ってしまいます



だって、寺だとあちこちに空海や最澄が出てきて、今の世の中ならまだしも歩きか船しか移動手段が無かったご時世に日本全国行けるかって思うよね…



神社でもそうでして、関東東北だと坂上田村麻呂や八幡太郎義家がそれはもぅ……



本当に来ている所も少なからずあるのでしょうが、由緒の格をあげるために有名人を登場させるのはままあるのですよ



そうなると、こちらは藩主であった徳川光圀しか個人名が出てこないので、ある意味潔いのかなと思ってしまいます( ̄▽ ̄;)