どうもおはようございます、りんですm(_ _)m


茨城県坂東市弓田388
北関東三十六不動尊 三十五番札所
天台宗
明王山 智恩院 慈光寺(じこうじ)
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寺号標

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手水舎

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不動堂

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不動堂 額

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石仏

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鐘楼

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本堂

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六地蔵


創建は天平18年(746)、行基菩薩の高弟により衆魔降伏・真理円融の道場として開創し、不動明王が祀られる。
創建当時は法相宗で智恩院と称していた。


平安時代に入り、平将門が石井(現坂東市岩井)に営所を構え、当山を鬼門除けの本尊とし厄除けの守り本尊として深く信仰していたと伝えられている。


鎌倉時代初期、伝教大師の法孫・俊仍上人が下総に派遣され泉福寺を薫ずるに至り、法相宗から天台宗へと改宗し寺号を慈光寺と称する。


天正4年(1576)、下妻城主・多賀谷氏と弓田城主・染谷氏の戦いにより阿弥陀堂を残し焼失


この後、本尊である不動明王を阿弥陀堂に安置する事となり、不動尊を信仰すればその願いが阿弥陀如来まで伝わり、特に亡くなる時にはなんの心配や苦しみも無く、枯木が枯れるようにポックリと人生を終える事が出来るという信仰が広まり、いつの日か「ポックリ不動」と呼ばれるようになった。


その後、諸堂宇再建される。


天明年間(1781-1789)、中山伝右衛門による材料寄進により客殿再建


昭和9年(1934)9月、東京下谷区入谷に弓田不動尊東京分院を創建


昭和20年(1945)3月8日、東京大空襲により下谷区はほぼ焼失するも分院付近は焼けなかったそうです。
その後、分院の本尊を当山に疎開させた。


この東京分院にあった本尊は、現在不動堂に安置されています。



また、本尊不動明王像は酉年ごとにご開帳されているそうです。


普通の不動明王像は、火焔を背負いちょっと威圧感を与えるような表情をしているが、こちらの不動明王像はそんな感じではなく、青みを帯びた灰白色の彩色で表情も柔和な珍しい像だそうです。


こちら、坂東市の農村地区の中に位置していまして…車1台しか通れないような道の奥にあります。


でも、多数の寺社参拝をしていると車1台の幅で砂利道な山道を登って行くような場所もあるので、こちらはただ道が狭いだけの平らな道だから、然程苦に思わないです。


まぁ、狭いんで前から車来たらイヤだなとは思っていますがねσ(^_^;)


御朱印
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御朱印は本堂右手、庫裡にていただけます。



この御朱印と、この日にいただいた諏訪神社・新長谷寺・鹿嶋神社・沓掛香取神社のをまとめて1枚の写真にしSNSに出したら…


ポックリにあててのコメントばかり(;´Д`A


まぁ、あまりない片仮名の御朱印でポックリというインパクトですからねぇ(笑)