どうもおはようございます、りんですm(_ _)m
この写真ですが、御朱印をいただいた時と冬場に新たに撮りに行ったのが混在してますので、そこのところご了承くださいますようσ(^_^;)
栃木県さくら市鹿子畑1117
東国花の寺百ヶ寺 栃木八番札所
真言宗智山派
寺号標


創建は不詳
現在の矢板市沢にある、観音寺の末寺と伝わる
寛永元年(1624)火災にて焼失し、寛永15年(1638)法師秀慶当寺法流開山
正保2年(1645)、秀誉により古屋敷に再建し中興開山
元文3年(1738)火災により焼失
文化10年(1813)伽藍大破し、尊恒和尚により再建
明治40年(1907)火災により焼失し古記録を失う
大正12年(1923)、現在の堂宇が完成
昭和61年(1986)から3ヶ年をかけ本堂・諸堂の改築、庫裡の新築、位牌堂・般若堂の建立
平成20年(2008)、原爆の残り火を灯す寺として平和の鐘を建立
こちらの寺の由緒なのですが、由緒書き看板は無く、境内の石碑には火災による焼失の事しか彫られてない
それならば、合併で消滅してしまった鹿子畑が属していた喜連川町の平成15年度版「喜連川町史」を見ると…
全く書いてねぇ(;´Д`A
そんなんで、栃木県のある図書館に問い合わせをし、書庫にしまってあった昭和52年度版の「喜連川町史」を出してもらいましたσ(^_^;)
これでやっと気になってた由緒が調べられた( ´ ▽ ` )ノ
町史を新たに編纂しなおすのはいいが、歴史的なものを削除してしまうのは如何なものかなと思った…




