どうもおはようございます、りんですm(_ _)m
創建は天平17(745)年、行基が全国修行を行った際、白雲山(現在の寺の裏山)山頂に大御堂を建立し十一面観世音を本尊として開山した。
場所は県道51号・52号の交差点を城里町古内(茂木町)方面へ入り、左手に寺号標があるのでわかるかと
このお寺の前を初めて通ったのはかなり前になる
なお、重盛の墓ですが…本堂裏手の山にありまして、結構急な階段を上らないといけないが
大山寺と壁面観音をお参りした後、友人から夕飯で鍋を作るから来ないかとお誘いが…
もちろんお呼ばれしに行く前に、近くを通るのでお寺に寄ってからσ(^_^;)
茨城県東茨城郡城里町上入野3912
真言宗 智山派
創建は天平17(745)年、行基が全国修行を行った際、白雲山(現在の寺の裏山)山頂に大御堂を建立し十一面観世音を本尊として開山した。
その当時は、白雲山 普明院と称する。
平重盛の家臣、平貞能が重盛の遺言により重盛夫人と妹を伴い高野山にて出家し貞能は小松坊以典と改名、北陸を通り下野塩原へ隠れ住む。
その後、平家の流れをくむ大掾氏を頼り常陸に入り、大掾義幹の案内によりこの地に重盛の遺骨を埋葬し、弔う為に伽藍を建立し小松寺と名付けた…
天正13(1585)年、戦乱により伽藍は焼失
寛文3(1663)年、徳川光圀により本堂を寄進。
また、観音堂を山頂より現在地へと移す。
場所は県道51号・52号の交差点を城里町古内(茂木町)方面へ入り、左手に寺号標があるのでわかるかと
このお寺の前を初めて通ったのはかなり前になる
寺号標とともに、小松内大臣平重盛公…
えっ、平重盛⁉︎
なんで茨城の山に平清盛の嫡男の名前がって思い参拝したのが、初めてだった
なんでも、調べるところによると重盛の墓かなっていわれているのは塩原の妙法寺・益子の安善寺も候補に挙がってくるのだが…
なんか、小松寺が一番有力らしいです。
病気で父清盛よりも早く亡くなってしまった重盛ですが、病がなければもしかしたら平家政権がもっと長く続いたのかなって思わなくもない
御朱印
御朱印は御守り授与所にていただけます。
一部石段が崩れてはいないのだが、かなり段差がなくなり少々歩き難い場所もσ(^_^;)
上がるのであれば、歩きやすい靴で行くのをお勧めします( ´ ▽ ` )ノ






