アポピス(夜君巨蛇)が除隊した後、
俺は、千歳の様な毎日を過していた。
そうしている間にいつまでもずっと、
下っ端しの儘であると思っていた
俺にも下級期数が出来た。
多くの下級機数が出来てしまって、
負担も有ったけれど、それより自分も
少しは、古株になったという喜びが
大きかったのである。
その中でも、俺を興奮させる男性が
たった2人だけいた。
先ず、1人は、俺の次々期数である
ハノーヴェリアン(荒野赤馬)であって、
もう1人は、俺と期数が離れている
アンダルシアン(荒野灰馬)であった。
俺が慕っていた者は、他ならない
ハノーヴェリアンであったけれど、
実際、肛門は、アンダルシアンに
捧げることになったのである。
最初は、アポピスの不在によって、
生じた心の空虚を忘れようとする
細やかな動きをしただけであった。
アポピスと顔は、全然違うけれど、
体格とか尻とかが凄く似ている
ハノーヴェリアンに夢中になった。
義警中隊は、夏冬季鎮圧訓練とか、
デモ鎮圧とか、防犯勤務のない時、
使役という嫌な仕事をさせられた。
勿論、列外古株は、何もせずに、
下級期数を虐めたり、パワーゲームを
したりしながら、存在を証明したし、
中間古株は、暴力と体罰と脅迫で、
下級期数を残酷な戦士に成らせたし、
中間期数は、装備や備品等の管理を
担当したし、水当番は、食水の管理と
食堂での軍気確立等を担ったり、
古株の命令とか自分の判断に従って、
特定の下級期数に水を飲む事の禁止を
命じたりしたのである。
水当番補助も水当番と同じ事をした。
結局、苦労するのは、使役兵という
中隊の下っ端しに属する人であった。
古株達は、下級期数、取り分け、
使役兵を虐める体罰として、1番、
残酷な3時、4時、5時をよく使った。
3時、4時、5時というのは、言わば、
下級期数が3時と4時と5時に古株を
起こして、殴られたり、腕立て伏せを
含めて、圓山爆撃等の酷過ぎる体罰を
されたりすることで、結局、決して
眠れなくなるので、防犯勤務の所為で
睡眠不足になっている義警にとって、
地獄の刑罰の様なことであった。
幸い、俺は、寝る時間を減らす位、
何とも思っていなかったけれど、
流石に毎日そういうことが続いたら、
身が持たなかったのである。
俺は、言うまでもなく同期達とか、
下級期数も3時、4時、5時をやられる
ことを見ていたら軍隊に対する愛想が
一瞬で尽きてしまう様な気がした。
辛い生活であったけれど、俺を庇って
くれる同期達のお陰で、何とか苦難を
乗り越えることができたのである。
勿論、俺を苦しませる要因は、凄く
沢山有ったけれど、訓練やデモ鎮圧、
警官職員達のチクリよりも辛いことは
段々、凄まじく変わる自分であった。
中間古株の位置になってしまった俺は
ハノーヴェリアンに対する感情とか、
欲望が自分を狂わせることに気付いた
けれど、何も出来ずに欲望にその儘、
身を任せて、隙あらば、周りの目を
気にせずに、ハノーヴェリアンの尻を
触ったり撫でなりしながら、毎日を
過ごしたのである。
そして、それだけでは物足りないと
思った俺は、アンダルシアンを誘う
計画を立てることにした。
薄々、俺の不穏な動きに気が付いた
古株や同期達は、俺を止めようとした
ものの、下級期数を管理する立場に
なった俺を止めることは難しかった。
ハノーヴェリアンときたら、凄く
軍生活を模範的にする男性であった
ので、古株に愛される存在であった。
しかし、俺は、模範的な軍生活を
営んではいなかったが、物凄く
軍気がきちんと入っている男性で
あるということを古株の殆どが
認めていたので、正直言って、
ハノーヴェリアンの肩を持つ古株より
俺の味方をなる古株が多かったので、
最後の最後にハノーヴェリアンは、
性器を入れることは拒んだけれど、
唾を沢山塗った指を肛門の中に
入れることまでは、許してくれた。
まあ、許さざるを得なかったという
表現が、適切であるかは、全く以て、
知らないのであるけれど。。。
ハノーヴェリアンの身代わりに俺は、
アンダルシアンに探りを入れようと
思って、小隊の王古株を買収して、
行政班にいる隊員に圧力を掛けて、
アンダルシアンと一緒に防犯勤務が
出来るように仕向けた。
勿論、自分より古株のことを蔑ろに
する訳にはいかなかったので、俺は、
良い勤務地は、全部譲って、一番、
辺鄙な勤務地を選ぶしか無かった。
舎堂5洞は、方背警察署の管内、
12箇所の中で、南峴洞や銅雀と共に、
見所も食べ所も無くて、古株には、
忌避スポットにされていたけれど、
俺とアンダルシアンは、頻繁に、
送られたのである。
派出所の警察職員も事情を知っている
様子で、俺とアンダルシアンだけを
岡の天辺にある哨所に行かせた。
基本的に防犯勤務は、2時間勤務に、
10分休み、また2時間勤務という
形態に行われるけれど、俺達は、
4時間という自由時間を頂いて、
哨所に歩いて行ったのである。
