天官賜福~花城の物語~11 | 天官賜福~花城目線妄想ブログ~

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天官賜福にはまり、どうしても花城目線で物語を見てみたくて、自分で書き初めてしまいました。
アニメと小説(日本語版)と、ネット情報を元にしております。
天官賜福を知っている前提で書いているため、キャラクター説明や情景説明が大きく不足しております。

 

第九章 縮地千里、砂嵐で道を失う

 

〈二〉

 

「皆さん気をつけて。ひょっとすると近くにまだ蛇がいるかも……」

表情を変えることなく蠍尾蛇を地面に放り投げ、皆に声をかける太子殿下の手首を、花城は咄嗟に掴む。

「三郎?」

少し驚いた様子で花城を見る太子殿下の視線にも気づかず、花城は殿下の手の甲にある傷をじっと見つめた。

蠍尾蛇に刺された白い手の甲が、赤紫をした大きな硬い塊となりどんどん膨れ上がっていく。

(どうして……どうしていつもこうなってしまうんだ……)

自分への怒りで気がおかしくなりそうになりながら、太子殿下の腕にある白綾を掴むと毒血が体中に回らないよう手首をきつく結んだ。

(どうして俺なんかを……!)

花城の恐ろしく厳しい顔つきに太子殿下が戸惑っている表情を浮かべていることにも気づかず、花城は近くにいた商人の腰から匕首を抜き取る。すぐに花城が何をしようとしているのか察した南風が、右手に掌心焔を出して乗せた。

花城は南風の方を見もせず匕首の切っ先を火に当てて少し炙ると、殿下の手の傷を優しくかつ素早く十字に切る。そのまま傷口に口を近づけたその時、

「必要ないよ。蠍尾蛇の毒は強力だから吸っても無駄だ。君が毒にあたってしまうかもしれないから……」

慌てて止めようとする太子殿下を無視し、花城は殿下の手をしっかりと握ると、傷口を唇で覆った。

太子殿下の手を握る花城の手が微かに震える。

自分のせいで大切な人を傷つけてしまったことへの怒りで、思わず手に力が入ってしまいそうになるのを必死に堪えた。

花城が毒血を吸い出していると、少し離れた所から扶揺が口を開く。

「そいつが必ず咬まれるとは限らないのに、なんで掴みにいくんですか?」

扶揺のことを忌々しく思っている花城だったが、この時ばかりはその言葉に心の中で賛同した。

「どうせ痛くもないし死んだりしないから、気にしなくていい」

無傷な方の手を横に振りながら平然と言う太子殿下に、花城の中で怒りがますます込み上げてくる。

「本当に痛くないんですか?」

「本当だよ。もう何も感じなくなってる」

扶揺にそう答える太子殿下の顔を、花城は傷口から唇を離し見上げた。

(どうしてもっと、自分を大事にしないんですか!)

叫びたい衝動を抑え、地面に転がっていた蠍尾蛇を睨みつけ怒りをぶつける。「パンッ」という凄まじい音とともに破裂した蠍尾蛇に、皆が驚いて振り返った。

花城は殿下の手の甲の赤い腫れが引いているのを確認し、ゆっくりと太子殿下から離れる。

「兄ちゃんも刺されたのか?大丈夫なのか?」

「君はいい子だね。私は大丈夫。このまま予定通りにやるよ。私たちはこれから町に入って善月草を探しに行く」

「あんたたちが行くのか?じゃあ俺たちはどうなる?俺たちの中からも誰か一人一緒に行かせた方がいいんじゃないか?」

「あなたたちは結構ですよ。半月国の故地は多分いろいろと危険があるでしょうし、一人増えればその分万が一のことも増えます。善月草を見つけたら、十二時辰以内に持ち帰ってあなたたちにお渡ししますから」

太子殿下と商人たちが話す様子を、花城は少し距離をとりながら黙って見つめていた。

もし花城が近くにいて何かあったら、殿下はまた守ろうとするだろう。そうならないためにも、太子殿下を見守りつつ何かあればすぐに動ける距離にいたかったのだ。

太子殿下と商人たちとの話し合いは、扶揺が残る変わりに阿昭が半月故国まで太子殿下たちを道案内することでまとまった。

太子殿下、花城、南風、そして阿昭の四人は善月草を求めて半月故国へと向かう。その道中も、花城は太子殿下の後ろを一定の距離を保って歩き、一言も話しかけなかった。

時折、太子殿下が不思議そうな顔で花城を見たが、お互い話しかけることはなくただ黙って歩き続ける。四人が果てしない砂漠を半時辰ほど歩き、太陽がそろそろ沈みそうになった頃、ようやく地平線に町の影が見えてきた。

その町は広漠たる黄色い砂と一体化しており見えづらかったが、近づいてみると一部崩れている城壁はずいぶんと高いことがわかった。

甕城を通り抜け、四人は半月故国へと足を踏み入れる。門を通ると目の前に大通りがあり、こちらも広くてがらんとしている。両側には崩れた壁や垣、ボロボロになった建物や石、木材ばかりだった。

大通りを歩きながら、太子殿下が南風にかつての半月国の説明をしていると、「こちらの公子はいろいろとご存じのようですね」と阿昭が殿下をちらりと見る。その時、「あの壁はなんですか?」と南風が尋ねた。

南風が指さした先を見ると、そこには巨大な黄土の建物が見える。

「あれは罪人坑だ」

「罪人坑とは?」

聞き返す南風に、殿下が少しためらった様子で口を開いた。

「監獄だと思ってもいい。罪人を閉じ込めておく場所なんだ」

「扉すらないのにどうやって閉じ込めるんですか?まさか直接上から放り込むんですか?」

南風の質問に太子殿下がどう答えようか迷っているように見え、花城が殿下より先に口を開いた。

「放り込むんだ。しかも、底は有毒の蛇蝎と飢えた猛獣だらけ」

少し安堵した表情で花城を見る太子殿下と目が合い、花城は慌てて視線を逸らす。

「そんなクソみたいな場所のどこが監獄なんだ!なんて悪辣な、完全に酷刑じゃないか!半月人ってやつはおかしくなっていたか、そうじゃなかったら凶暴さと残酷さが染みついていたに違いない」

憤り罵る南風に、太子殿下が眉間に手を当てた。

「皆が皆そうだったわけでもないよ。半月人にも結構可愛い人はいたんだ……ちょっと待って」

突然話を中断し、眉間にしわを寄せる太子殿下に、花城と他二人も足を止める。

「あの坑の上にある竿を見てくれ。誰か吊るされていないか?」

太子殿下の指さす方に目を向けると、朽ちた人形のように風に吹かれ、ゆらゆらと揺れる黒衣の人間が見えた。

「いる」と呟く花城の隣で、阿昭の顔色が微かに変わる。その時、誰かが近づいてくる気配に気づき、花城は声を抑えて「誰か来た」と殿下に伝えた。

すぐさま太子殿下と花城は近くのあばら屋の中に身を隠し、南風と阿昭はその道向かいの一軒に隠れる。

いくらもしないうちに、白衣の女冠が荒れ果てた通りの奥から角を曲がって現れた。その後から、黒衣の若い女が手を後ろで組んでゆっくりと歩いてくる。

二人の姿を見た瞬間、花城は目を細めた。

(連絡が取れないのは……そういう事か)

太子殿下は息を潜めながら、じっと白衣と黒衣の女二人の様子を伺っている。その視線の先で、白衣の女冠が悠々と払子を振りながら口を開いた。

「あいつら、今度はどこに隠れたんだろう?ちょっと油断した隙に消えちゃって、まさか私に一人ずつ探し出して殺せって言うんじゃないよね」

「友人を呼んで手伝わせたらどうだ?」

「はっ!他の奴らじゃなくて君を呼ぶのが好きなんだよ。どう、嬉しい?」

「こんなことにつき合わされて嬉しいかって?さっさと行くぞ」

聞こえてくる二人の会話に、花城は微かに口角を上げる。

花城たちには気づかず、二人が目の前を通り過ぎようとしたその時、黒衣の女が突然足を止め鋭い目つきでさっと周囲を見渡した。

「あれ、行かないの?」

数歩先を歩いていた白衣の女冠が不思議そうに振り返る。

「下がってろ」

黒衣の女の言葉に、白衣の女冠は「はーい」と言って離れていく。

黒衣の女が手を上げようとしたその時、突然通りの向かい側から大きな音が響き、南風たちが身を隠していた家屋が崩れ落ちた。

舞い上がる砂と転がる石の中から南風が飛び出し、燃え盛る炎を打ち出しながら白衣の女に襲いかかる。すぐさま黒衣の女が身を翻し白衣の女の前に立つと、左手を後ろに置いたまま右手で無造作にその炎を掴んで打ち返した。

兎起鶻落の如き敏捷さで身をかわし、遠くへ走り去る南風の後を白衣の女冠が追いかける。黒衣の女は花城たちのいるあばら屋を一瞥してから、白衣の女冠のあとを追っていった。

南風と女二人が遠く離れたことを確認した太子殿下が、花城を引っ張りながらあばら屋から出ると、通りの向かいに隠れていた阿昭に呼びかける。

「阿昭、生きているか?怪我はないか?」

「……無事です」

太子殿下が片手で朽ちた梁を持ち上げると、しばらくして阿昭がその下から這い出てきた。

「今は私たち三人だけだ。南風は追われて逃げているから、こっちはもっと急がないと。阿昭、善月草が町のどこに生えているか知ってるか?」

「すみません。町の位置しか知らなくて、今まで中に入ったこともなかったので、善月草がどこに生えているのかは全く見当がつかないんです」

太子殿下に白々しく答える阿昭に、花城は心の中で舌打ちする。

「善月草は小さくて背丈が低くて、日陰を好む。根は細いけど葉は比較的大きくて、形は桃を細くした感じかな。高くて大きな建物の近くに行って探せばいいよ」

「高くて大きな建物?」

阿昭に代わり答えた花城に、太子殿下が聞き返しながら辺りを見渡す。町の中央に煉瓦と石、木材で建てられた宮殿を見つけ、三人はそこへと向かった。

その宮殿は遠くからだとかなり迫力があったが、近くで見ると崩れ具合は他の家屋より少しましな程度だった。宮殿の正門を通り抜けると、一面にあらゆる植物がびっしりと生えている大きな庭があった。

「私たちには十二時辰しかないんだ。時間を無駄にせずに探そう。くれぐれも蠍尾蛇には気をつけて」

花城は殿下を常に視界の端に捉えながら、善月草を探し始める。夜目がきく花城には、夜に草を探すことはそんなに難しいことではなかった。

しばらくして善月草らしき葉を見つけ手を伸ばした花城は、地面に埋まった「それ」を見つけ手を引っ込めた。その辺り一面に善月草が生えていたが、花城は他の場所へと移動する。

その時、「うわああああああっ!!」という叫び声が響き、花城はすぐに太子殿下の方へと視線を走らせた。

側へ駆け寄ろうとし、殿下の近くにいるのが隊商にいたあの少年だとわかりゆっくりと足を止める。他にも三人の商人たちが大殿から走り出てきて、太子殿下と話し始める様子をしばらく見守ってから、花城は善月草を再び探し始めた。

大量の植物の中に少し小ぶりな善月草を見つけ、花城は周囲を念入りに確認してからそれをそっと摘み取る。

「見つけたよ」

花城が善月草を上げ軽く振りながら近づくと、殿下が振り返って善月草を観察するように見つめた。

花城は殿下の怪我をした手を片手にそっと乗せると、もう片方の手で善月草を握りつぶし粉々にしてから手の傷に丁寧に塗り込んだ。

「三郎、ありがとう」

優しく包み込まれるような殿下の声に、花城は俯いたまま唇を噛みしめる。薬草を塗り終わると、花城はすぐに手を離し太子殿下から一歩離れた。

「兄ちゃん、少しは良くなった?その薬草って効くのか?」

少年が馴れ馴れしく太子殿下に話しかける。

「大分良くなったよ。これで合ってるはずだ」

殿下の言葉に商人たちが色めき立った。

「私も見つけました」

花城が先ほど摘んだ葉よりも大きな善月草を持ち上げそういう阿昭を、花城は冷たい目で一瞥する。

商人たちは阿昭のいる所へ移動すると、「この辺り一面に生えてるぞ!」と驚喜しながら薬草をどんどん摘み取っていった。その様子を見ていた太子殿下が、少し落ち着きなく花城に声をかける。

「彼らが探している場所って、さっき君も探してたところだと思うんだけど、その時は気づかなかったのかい?」

「あそこの草は使わないで」

「どうして?」

理由を説明しようと花城が口を開きかけたその時、突然誰かの悲鳴が辺りに響き渡った。

「どけ!」

突然聞こえてきた声に、全員がぎょっとして動きを止める。

「今叫んだのは誰だ?」

「俺じゃない!」

「私でもないぞ……」

動揺しながら口々に言う商人たちの足元に、花城は目を向ける。

「どけよ。お前、俺を踏んでるぞ……」

先ほど花城が見つけた「それ」に気づいた商人たちが、一斉に散るように離れていった。

入れ替わるように商人たちがいた場所に太子殿下が近づき、草むらをかき分ける。草むらの下から現れた声の主は、土の下に生き埋めにされ顔だけを土から出している男だった。

「慌てないで。皆さん落ち着いて。ただの顔です。大したことはありませんよ。誰だって顔の一つくらいあるじゃないですか」

恐怖で互いに抱き合い大声で叫ぶ商人たちを、太子殿下が慣れた様子で慰める。

「あなたは誰ですか?」

中腰になり、土に埋まっている顔を観察しながら太子殿下が尋ねた。

「お前らこそ誰だよ」

問い返す土埋面に「通りすがりの隊商です」と太子殿下が答えると、土埋面は「はぁ」とため息をつく。

「通りすがりの隊商かぁ。俺も昔はそうだったんだ。でも、もう五、六十年の前のことだ」

「じゃ……じゃあ、あんたは……なんでここにいるんだ……?」

恐る恐る尋ねる商人の一人に、土埋面は数回咳き込んで顔にしわを寄せながら答えた。

「俺は……半月兵士に捕まえられてきたんだ。うっかり町に入って奴らに捕まっちまった。奴らは俺を土の中に埋めて、善月草の肥やしにしたんだ……」

土埋面のその言葉に、商人たちは手に持っていた大量の善月草を慌てて投げ捨てる。

太子殿下がちらりと自分の手の甲を見ていることに気づき、花城はすかさず「さっきの薬草は大丈夫」と囁いた。

「三郎は気が利くな。本当にありがとう」

(俺なんかに、そんなこと言わないでください……)

花城はただ黙って、首を横に振る。その時、土埋面がまた口を開いた。

「俺はもう何年も人間を見てなかったんだ。なあ、お前ら……全員こっちに来て立って、俺にちゃんと顔を見せてくれないか、なあ?」

誰もその言葉に応じないのを見た土埋面は、ぶつぶつと呟く。

「なんだよ、嫌なのか?あーあ……残念だ……」

「何が残念なんです?」

太子殿下が、土埋面へ顔を向け尋ねる。

「お前らが入ってきてすぐ、ものすごく気になることがあったんだ。自分の目で確かめてからお前らに教えてやろうと思ってさ。それで全員近くで顔を見せて欲しかったんだ。一人一人しっかりはっきり確認したかったんだよ」

「なんのことですか?」

「聞いて怖がるなよ……お前らの中に一人、五十年前にも見かけたことがある奴がいる」

土埋面のその言葉に太子殿下が、全員の顔をさっと見回した。一瞬、花城のところで視線が止まったような気がしたが、殿下はすぐに顔を元に戻すと土埋面へ尋ねた。

「あなたが言っているのは誰のことですか?」

「お前……お前がもう少し近くまで来たら教えてやるよ」

不気味な笑みを浮かべながら言う土埋面に、殿下は耳を貸すことなくその場から離れる。すると、土埋面が慌てて言った。

「お前らは本当にそいつが誰か知りたくないのか?そいつはお前らを全員死なせちまうぞ。俺らを死なせたみたいにな!」