長男が生まれてからというもの、いろんな葛藤がありながらも、何をやるにもとことん付き合わないとあとのギャン泣きがめちゃくちゃ大変だからと、公園でも絵本読むでも何時間でも付き合った。

周りからは、「すごいね」とか、「私ならできない」とか言われたけど、そうするしかなかったし、満たされることで、本人が納得できて、次の行動が親子共に気持ち良くできたから、とにかく時間と体力の許す限りとことん付き合った。

5年後に長女が生まれてからも、長男の特性ゆえ長男に合わせる生活で、長女は常に振り回されていたと思う。

長男に合わせることで、「このままではわがままにならないか?」「余計に自分の思い通りにならないとダメな人間になってしまわないか?」と思う時もあった。

この前、長女と年上のお友達とそのお母さんと、公園で遊んだ時、長女のマイルールが炸裂したのだが、お友達とお母さんは優しく温かい眼差しで、とことん付き合ってくれた。

そしたら、長女はみるみる生き生きとして、遊ぶことをとても楽しんでいた。

見たことない長女の一面を垣間見た気がした。

その時私は、それまでの私を猛省した。

普段の私は、「あぁまたか…」とうんざりしてめんどくさがりながら対応して、ある程度したら適当なところで時間を気にして切り上げてしまっていたからだ。

発達障害の兄をもち、自分(長女)が生まれて3年後には弟が生まれ、余裕がない母親(私)の元で、どれほど我慢させてきただろう。

長女を優先しよう優先しようといつも思っているのに、いつのまにか一番気が利く長女にいろいろ頼んでしまうし、イライラすると側にまとわりつく長女にあたってしまい、自己嫌悪の日々。

長女も発達障害があるので、結局は我慢し過ぎると爆発してしまうから、その時には「あぁまたやってしまった」と気づかされるくらい余裕がない日々を送っていたのだけど、今となっては、長女が発達障害で良かったと最近強く思う。

そうじゃなかったら、私はきっと長女にもっと我慢させていただろうし、小さなお母さんを期待して、長女を潰していただろう。

発達障害があるおかげで、頑張っても無理したらそれを「もう私無理ですー!」と全身で表現してくれるから、受け止めるしかなくなる。

受け止める機会を、立ち止まる機会をたくさんくれてありがとう。

長男に合わせて、次男に合わせて、たくさん我慢させてしまったね。

これからは、もっと長女との時間も大切にして、そして自分の時間も大切にしたい。

そうすることで、我慢するしか選択肢がないと思って
いた幼い私を、母親のためにと自分を後回しにして生きてきた子どもの時の自分を、少しずつ成仏させられる気がするから。

もっと人生を楽しみたい…

生き直しをさせてくれてありがとう。

今日も興味の赴くままに動き続ける次男を、止めることなく満足するまでひたすら追いかけ続けた私ハグ。

「こども園行きたくない」って言った長女の気持ちを受け止めて、一緒にゲームを楽しんだ私ハグ。

長男にも長女にも次男にも、「だいだいだいすきだよ、お母さんのところに生まれてきてくれてありがとう。愛してるよ!」ってハグした私、ハグ。