昨日のブログのつづきです。
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『亡くなった方は
本当に無念に思ってるのかな?』
少しばかり刺激的な表現に聞こえてしまうかも・・・
と心配になりながらも
続きを書き進めてみますね。
もし突然亡くなったのが私だったら。
亡くなる瞬間に
気がかりなことや後悔が出てくるかもしれない。
状況によっては、
誰かを恨む気持ちも生まれるかもしれない。
そういう意味では
一時的に無念な気持ちもわいてくるかもしれない。
だけど
魂が身体を離れ
どうやったって生きていた頃に戻ることはないのだ
と分かったら
ネガティブな想いはさっさと手放すんじゃないだろうか。
何度も言うけれど、
どうにかしたくても、本当にどうにもできないんだもの。
それでも諦めきれずにいるって
逆に苦しい状態じゃないだろうか?
だとしたら、
絶対に私は心が軽くなるほうを選ぶ。
そうか。
『死は祝福』というのは
今世での課題をやり遂げたことへの称賛だけでなく
解放 という意味もあるんだ。
そしてこの解放こそが
どんな死をむかえたとしても
そこまでの生(せい)を終えた者への
最大の祝福となるのかもしれない。
もし、この世に残る大切な人たちが
私の無念を想像して
心が痛みにとらわれていたら
すでに私が手放した
一時的な負の感情にアクセスよりも
共に過ごした幸せな時を思い出して
心を温かくしてほしいと願う。
***
今日書いたのは
本当に私の個人的な想像と願い。
世の中には
ちがう考え方をする方もいらっしゃると思います。
それを否定したり非難するつもりは全くありませんし
むしろ、
私とちがう考え方でもって行動していらっしゃることが
その方が今世での課題やお役目として
掲げてこられたことなんだろう
と思っています。
ニュースをきっかけに
ふとわいた疑問から広がったお話だけど
結局のところ、私は
どんな死であっても死は祝福なんだろうか?
ということが気になったんだと思う。
祝福ということについて
大きな気づきへとつながったので
このまま残しておきますね。
心を伝えるピアニスト
ペットと飼い主さんの心地よい関係づくりをお手伝いする
ハートリンクティーチャー/認定ハートリンクプラクティショナー
掛札文香(あやちゃん)
(講師:掛札文香)
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