一日中家の中にこもっていると健康上も情緒的にもよろしくないと思いますから、大雨降りでさえなければ毎日、いっぺんは表に出て歩ってくることにしています。
歩くことが目的なので、いつもは通らない横丁に入ってみたり、いつもは曲がらない曲がり角を折れてみたりすると、東京の東の端っこの荒川区には、ずいぶん趣のある景色があるなと思います。
昔、おばあちゃん(大正生まれ)から聞いた話によりますと、荒川区のこの辺りは、関東大震災で焼け残り、東京大空襲でも焼け残った場所なので、当時の道や区画がそのまま残っている場所があちこちにあるのだとか。
そう思ってみると確かに、朝のゴミ収集車も入れない細い横丁(作業員さんがリヤカーで運び出して収集車に積み替えてくださってる)、緊急の際に消防車が入れない細道があり、建物の建て替えを待って少しずつ区画整理が進められているようです。
車道ぎりぎりを人が歩いていた、南千住と明治通りをつなぐ千住間道には、今は広い歩道ができていますが、私が小さい子どもだった頃から、少しずつ少しずつ、道沿いの家が建て替えられるところから、建物をバックさせて道路用地を広げて来ていて、それがようやくほぼ半世紀かけて道を広くしたんだなあと、感心します。
散歩の途中で見てきた趣あるたたずまいの家の写真をお見せします。
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南千住地区の個人住宅です。
瓦葺の木造建築にサッシの扉や窓をつけた家をよく見ます。
荒川は生け垣や玄関前の植木を丹精している方が多いです。
植木が植わっている鉢が、よく見ると火鉢だったり、赤ちゃん用お風呂たらいだったりします。
板葺きの壁、木枠の窓、波板トタンの塀の家。
二階についているのは、ベランダじゃなくて物干しと呼ぶべきだと思います。
亡祖母が理容店を営んでいた長屋はこういう建物でした。
都電荒川線の車内には、各停留所の近所のお店や会社の宣伝アナウンスが流れます。
確か荒川二丁目停留所に近づく時に流れる、焼き菓子工房アトリエ・エルを発見しました。
こんなところにあったのか。
残念ながらこの日は営業時間が終わっていたので、また行ってみたいと思います。
南千住の住宅街の中にある昔からやっている酒屋さんです。
角打ち、というのは、お店の中でお酒を飲ませてくれるということです。
立ち飲みのことが多いイメージがありますが、ここはどうなのかな。
夕方の散歩の途中ですので、角打ちを試すのは鋭意控えておきましたが。
お店の前の植栽が豊かで、その中に金魚の水槽が仕込んでありました。
気になる壁画が描かれた家がありました。
黒と白と金で蒔絵のような屏風絵のような絵が描かれています。
個人住宅です。
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もうだいぶ以前になりますが、東日暮里に同潤会アパートが何棟か建っていました。
表参道や代官山にあるのと同じ同潤会アパートです。
関東大震災の復興のために、当時としては最新のデザインで東京の各地に建設された共同住宅だと聞きました。
上の階からゴミを落とすダストシュートがあったり、パリのモンマルトルのアパートをほうふつとさせるような窓周りのデザインだったりする建築が、そのまま時を経てすごいことになっていました。
子どもたちはもしかするとお化け屋敷だと思っていたんじゃないかなあ。
表参道や代官山のものは、修繕されたり、リフォームされたりしておしゃれな雑貨屋さんやカフェやアトリエとして使われていましたが、荒川区の同潤会アパートは、そのまま共同住宅として長く使われていました。
何年か前に取り壊されて、今では大きくてきれいなマンションに替わっています。
壊される前に写真を撮っておきたかったなと思います。