初級者の方とお話しする機会があって、今、夢中でやっているスマホの囲碁アプリ 「囲碁クエスト」 のおもしろさを熱く語りまして、「ちょっと9路盤やってみる?」 となったのですが、

 

「9路盤なんて難しいからできない、やめとく。」

 

と断られました。

 

が~ん...

 

 

ひかるさんの 「世界一やさしい囲碁ブログ」 → でも書かれてますが、サイズが小さい9路盤は入門のために使われることが多いです。

 

それを 「難しい」 と表現したのは、実はかなり9路盤の性質をよく理解しているからですね。

 

着手できる点が少なくて、対局を初めてすぐにお互いの石が接触し合い、攻め合いになったり、石の生き死にに関わる戦いになったりします。

 

ダメ詰まりもできやすい。

 

石を離して打つことが多い布石の段階をすっ飛ばしてすぐに戦いになる9路盤の性質をよくわかっているからこそ、難しい、と表現されたんだと思います。

 

だけど19路盤でも、対局が進んでだんだん盤上の石が増えていけば、否応もなく相手の石の近くに打たないわけにいかなくなり、石が接触して戦いになりまます。

 

19路盤でできる接触戦を部分的に取り出して遊ぶのが9路盤、とも言えます。

 

9路盤や13路盤を敬遠する、白を持つのを敬遠する、という気持ちの元は、「慣れないこと、未経験のこと」 を避けて通りたい気持ちかもしれないなと思います。

 

慣れていて、習熟していて、安心できることから着実にやりたい、という欲求は、囲碁に限らずあるようです。

 

大学でプレゼンテーションを教えているりくのら夫が、学生の中に、とにかく完璧に準備をしようとする人がいる、とぼやいております。

 

どんな質問が来てもばっちりと答えられるように、というか、質問も意見もさしはさむ余地がないように、資料を集めたり、読みこんだりまじめに一生懸命やる。

 

そのこと自体は悪いことじゃないように見えますが、100%完璧、というのは実現不可能なので、準備ぱっかりしていつまでたってもアウトプットができない。

 

人から見たらしっかり準備できているように見えても、本人がなにが完璧なのかわからないので (勉強中の学生ですから )、自分自身にこれでOK!と言ってあげることができないんですね。

 

完璧に準備ができていなくても構わないから (というか、そんなの無理だから) 今できることをアウトプットしてみよう、そこで質問や指摘が来たら、なるほど、そこがわからなかった、足りなかった、と教えてもらった気持ちで受け止めよう、とりくのら夫は熱く主張しております。

 

(それ、りくのらに主張してもな、学生さんに言わないとな、と思うけども )

 

星から打つ布石がちゃんとできるようになったら、小目を打ってみよう、とか、黒番でちゃんと打てるようになったら白を持ってみよう、とか、この定石をちゃんと打てるようになったら変化するのを打ってみよう、とか、新しいことに挑戦するための条件を自分に課してしまうのはもったいないです。

 

自動車の教習所のハンコみたいに、これができないと次に進めない、というものではないわけで。

 

9路盤では打てない、白を持っては打てない、と感じるその気持ちの元は、それでは勝てない、ってことなのかもしれません。

 

初級者と上級者の心根の一番のちがいは、負けたらダメと思っているか、負けても楽しめたら良い、と思っているかなんじゃないかと思います。

 

 

 

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