riku-waveのブログ

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ちょっと不思議に思うことがあって。


犯罪者って、

どうして犯罪者になるんだろう??


生まれつきの犯罪者っているのかな?

犯罪者になる遺伝子ってあるのかな?

もしあるんだったら、生まれる前に殺せば、

犯罪は減るってこと?


もし犯罪者になる遺伝子はないなら、

何が原因で犯罪者になるのかな?


育った環境??

化学物質のせい??

地域社会の影響??


もし犯罪者になるのがその人個人の

理由じゃないとしたら、

誰がその人を犯罪者にしたのかな?

何がその人を犯罪者にしたのかな??


もしかしたら、

今、犯罪者じゃない人も

犯罪者とまったく同じ環境で育ったとしたら、

犯罪者になった可能性ってあるのかな??


犯罪者って、なりたくてなってるのかな??

自分の意志でなった??


自分の意志でなったとしても、

自分の意志で犯罪者になりたいと思う人間は

どうして犯罪者になろうと思う人間になったんだろう??


犯罪者は、

どこから登場してくるんだ???

犯罪者を生み出してるものって、何なんだ???



がちでだれか、教えてほしい。


そうしないと、俺、

厳罰が本当にいいのかどうか、わからない。

頭、混乱中ですわ。


もしかして、犯罪の加害者って、

やっぱ、その昔は「被害者」だったりするの??

もしそうなら、

加害者が被害者だったときに誰かが助けられたら、

犯罪者にならないで済んだの?

その人が起こした事件も、

結果的に防げたってことになるのかな??


やっぱ、わかんないや。

誰かが支えてくれてるならいいんだけどね。

その人にはちゃんと光が当たってる。


光の当たらないところに住んでる人に

どうやって光を届けるかなんだよな。



それって「お節介」っていうのかもしれないけど、

「ありがた迷惑」っていうのかもしれないけど、


それがなくなっちゃって、こんな世の中になったんじゃないの??



ほんとの「お節介」なのか?

それとも、

「はじめはお節介だと思ったけど、

やっぱ、してもらって良かった!」って、

思ってもらえるような「お節介」なのか?


やってみないとわからないけど、

やらないで無難にしているよりは、

やって失敗するほうがいいかもしんない。

大迷惑になっちゃいけないけど、

小迷惑で済むなら、

「余計なことしてごめん」で済むくらいで、やってみるって。


光の当たらないところに

いよいよ踏み込んでいこうか。


そろそろ、

「寒くても平気だから」とか言って、

いつまでも強がってる人のとこ

お節介、やきに行こうかな。


一筋でも

光が注げばいいなと思う。

気に入ってくれたら、もっと、もらってくれるだろう。

それは相手が決めることだ。


自分にできることは、

少しでも、光を貯めておくことだ。


いつでも注げるように。




「もっと早く気付いてあげればよかったね。」


心の痛みを、身体の痛みに換えたんだよね。

そんなに痛かったんだね。

君の心は。


でも、

言ってくれてよかった。

これで、俺もその痛み、半分、受け持つよ。


そして、一緒に乗り越えていこう。


誰だったかな~


海外の学者さんの言葉だったと思うんだけど。


「社会のための教育じゃなく、教育のための社会を!」


みたいなことを言ってたんだ。



教育って、子どもを「社会化」することって

聞いたことがある。


「社会化」って、なんのためにするの?

社会にちゃんと適応できるようにするため?

社会の発展のため?

より良い社会を創るため?


じゃ、より良い社会を創るのはなんで?

みんながハッピーに生きるため?


だったら、教育の目的は

みんながハッピーになること?


それでいいかな?いいよね。


俺はそれでいい。

それがいい!!


みんながハッピーになれる社会を創る


さ、俺は何をしていこうかな。

俺にできること・・・

その昔、

生きてる意味なんてないと思ってた。


ずっと生きる意味を探していた。

生きる意味を探すことが、

ギリギリの生きる意味だった。


「誰かを笑顔にすること」

やっと見つけた生きる意味。


誰も笑顔にできなくなったら、

終わりにしようと思ってた。


全部捧げるつもりだった。

自分の命すら、誰かを笑顔にする道具だと、

ずっと思っていた。


願ったとおりになった。

笑顔がいっぱい見れた。

「ありがとう」の言葉が、

いっぱい聞けたし。

嬉しかったな。


生きてていいんだ・・・

まだ、生きてていいんだ・・・


でも、なんで心がこんなに重たいんだろう??

どうして、こんなに・・・

嬉しいんじゃないのか??

嬉しかったはずなのに、なんで??


みんな笑顔だったじゃん。

「ありがとう」って言ってたじゃん。なのに・・・


ある日、言われたんだよね。


「たくさんの人、守ったよね。でも、

あんたは誰に守ってもらってるの?」


誰に守ってもらってるの??

誰?・・・に?・・・


誰かに守ってもらう・・・


そんなこと、考えたこともなかった


そのとき、なんかすごい悲しみが噴き上げてきて、

まさか、そんなことって・・・




「あんたのこと、私が守りたい」




ずいぶん時間が経った

鏡に映った自分の素顔は、

命の底からの笑顔を

見せられているだろうか?


一つ気付いたのは、

自分が笑顔じゃないと、

笑顔でいられない人がいるってことだ。


自分のために、生きられる日が

いつか来る、そう信じたい



まったく、バカ野郎だな。何書いてんだろ。

こんなバカげたほざき。









「いじめはなくならないと思う」


何度、この言葉を聞いたかわからない。

がっくりくる。


わかった。

もういい。


でも一言、言わせてもらいたい。


「いじめを許さない勢力もなくならない」


ちょっと違うかな?


「いじめを許さない勢力もなくさせない」


こんな言い方もできるかな。


「いじめを許さない勢力を広げてやる!」


んー、


「いじめるやつの隣には、いつもいじめを許さないやつがいる」




・・・一言で終わってない事態に今気付いた。

「重い!重すぎる!!」


いや、書き出しが重い。


いやいや・・・気持ちのこと。

つまり、

襲いかかってくる気持ちが強大すぎて、

理性が圧倒されるみたいな状態になることもある。


家事ができない

仕事ができない

勉強ができない

食べられない

寝付けない

途中なんども起きちゃう

すごい早く起きちゃう

お腹調子がすこぶる悪し

肌荒れる

のどが詰まる

息苦しい

心臓ばくばく

混乱・パニック

落ち着かない

あせる

頭痛い・・・


医者にかかった方がいいかもよ、と思うけど、

行きにくいかな。


気持ちが強すぎて、抱えきれないとき、

向き合えないとき、

受け止めきれないときって、やっぱあると思う。


ときには「ごめんね、自分」って、向き合うのを休んでみる。

「今は無理だけど、でもいつか、必ずお前の気持ち、

聴けるようになって戻ってくる。だから待っとき」って、


そんなのもアリなんじゃないかなって思う。


なんだかわかんないけど、

「時が解決」って、あるような気がする。

きっと、頭ん中で、知らないうちに、

何かすごいことが起こってるのかな、みたいな。


無理に向き合って倒れるくらいなら、

いったん大切にしまっておいたらどうだろうって思う。

いつか向き合える日にまた会えばいい。

いつか「必ず」会えばいい。


そのときは、違った気持ちで向き合えると思うから。






悲しい気持ち

淋しい気持ち

つらい気持ち

怒り

罪の意識(罪悪感)

孤独

絶望・・・


そんなマイナスの気持ちほど、

なかなか伝えられなくて、

一人で抱えちゃうんじゃないかな、って思う。


部屋に一人でいると、

あの人と一緒にいたときは平気だったのに、

あいつらと一緒にいたときは大丈夫だったのに、


なんでこんな気持ちになるんだろう・・・と・・・


誰にも言えてない思いが

一人のときを狙って近づいてくるんだよな。


「ほったらかしにしないでくれよな」、とでも

言いたげに、

ピタッと寄ってくる。


「じゃあ、かまってやるよ!」と、

言えれば、それでいいじゃん。


でも、


「あ、無理かも。お前、重すぎ!」ってときだって

ある。


1人でかまってあげられないなら、

2人でかまってあげたらいいんじゃね?


誰かに話、聴いてもらいませんか?

伝えてみませんか?


話を聴かせてほしい、

力になりたいって人、世の中に

必ずいますから!


「重たいの、半分持ちますから」

「嬉しいのや楽しいの、一緒に味わって2倍にしよう!」って、


そういう人、

必ずいますから!


どうか、

どうか、みつかるまで、探してください。


あきらめないでほしいです!

悲しんでもいいのに悲しめなくて、

怒ってもいいのに怒れなくて・・・


そうすると、後でもっと大きな悲しみが

押し寄せてくることがある。


「大丈夫!ホントだよ!」

「なんのこれしき!」

「なんてことはない!」と、


どんなに我慢しても、我慢しても、

心はちゃんと覚えてるみたいだ。


「気持ちの貯金箱」みたいなのが、

どっかにあるんじゃないかって思う。


小銭だって、

たまればかなりの重さになる。

だんだんと、

自分をごまかしきれない重さになっていく。


自分の本当の気持ちから逃げてきたツケなのか??


そうかもしれない。でも、ホントは、


自分が話を聴こうとしなかった、

自分の中の一部分が、

「もう耐えきれない」って、もがき苦しんでいるのかも


強がった自分も、


自分自身からさえ、ないがしろにされ、

孤独の中、堪え忍んだ自分も、


どっちも自分なんだよね。


もっと本音を大切にしていいと思う。

心に映る気持ちを

まずは、ぜーんぶ、受け止めてみる。


「これが、今の、ありのままの姿なんだ」


そこから次の一歩を踏み出してみたら

どんなだろうな。

なんか、いろいろ気をつかう時代になったのかな?


どう思われるか気にしまくって、

結局、なんにもできないまま終了。

そんなことが、まわりでたくさん起こってるような気がする。


いくら想像したって、推測したって、

人のことはそう簡単にわからない。


「相手に聞けばいいのに」