阪急電鉄殺人事件
西村京太郎
写真家の菊地実は、関西の私鉄阪急電鉄を撮影するため、アシスタントの津村美咲と共に大阪梅田駅にやって来た。
今回の関西行には、仕事のほかに、大学の後輩である木内えりかと久しぶりに会うという目的があった。
しかし、初日の撮影を終えて、えりかとの待ち合わせ場所へ向かおうとした矢先、人身事故のため阪急電鉄が運転見合わせとなる。
胸騒ぎを感じる菊地。
悪い予感は的中し、阪急六甲駅で電車と接触して無くなったのは木内えりかだった。
えりかがなぜ亡くなったのか、菊地はその真相を調べ始める。
えりかは何らかの本を自費出版しようとしていたことがわかる。
やがて菊地を手伝って本の内容を調べていた津村美咲が第二の被害者となる。
美咲の事件を担当することになったのは警視庁捜査一課の十津川班。
えりかの本が事件解決の糸口になると確信した十津川は、菊地と共にえりかの本の調査を進める。
木内えりかの祖父は、太平洋戦争中、吉田茂や小林一三と交流があった。
えりかが執筆していたのは祖父に関わる何かに違いない。
昭和20年。
太平洋戦争の末期。
混乱の内に葬られた戦争の闇を十津川警部が追う。
時折、クラシカルなミステリが読みたくなる。
最近の特殊設定だったり超絶技巧を駆使した作品も、おぉそう来たかーという驚きが楽しいけど、たまに原点に帰るとほっとする。
わたしにとっての王道クラシカルミステリといえば、山村美紗そして西村京太郎!
事件×アリバイ×旅情=十津川警部
は間違いなしのテッパン公式。
たまたま家にあった本の中で目を引いたのが、今回紹介する『阪急電鉄殺人事件』。
何に惹かれたって、わたし阪急ユーザーなもので。
自分がいつも乗ってる路線が、あの西村京太郎のトラベルミステリに登場するなんて、ちょっと嬉しくなりませんか?
冒頭、阪急電車のターミナル、大阪梅田駅で菊地と津村美咲は撮影を始める。
京都、神戸、宝塚へ向かう電車が一斉に梅田駅を発車し、3路線横並びのまま次の十三(じゅうそう)駅へ向かう。
梅田駅はそういうものだと思ってたけど、初めて見る人はびっくりするかもしれない。
梅田駅の描写からは、こんな駅もあるんだという西村さんの驚きが伝わってくる。
ただ、結論を先に言ってしまうと、この作品は、ドラマでお馴染み十津川シリーズのトラベルミステリとは随分作風が異なっていた。
それこそ、梅田駅を同じ時刻に発車する3本の特急列車が十三駅まで並走して…というあたりに何かトリックの気配を感じていたんだけど、そうではなく。
わざわざ梅田駅の時刻表が載ってるんだから、そこは何かあると思うじゃないの。
この作品の主題は、戦争。
吉田茂、小林一三、石原莞爾といった実在の人物をつなぐ存在として木内えりかの祖父、木内宏栄が登場する。
宏栄の動向を追ううちに見えてきたこの時代の闇。
正直なところ、期待したトラベルミステリとは違ったけど、この作品には、西村京太郎さんの、戦争体験者として、この時代のことをどうしても書いておきたいという想いが感じられる。
それを書く舞台は、自らが長年に渡って作り上げてきた十津川警部シリーズより他にはなかったんだろう。
戦争の闇に光を当てることを十津川警部に託した、西村さん晩年の作品だからこそ余計にそう思えた。
【書誌情報】
『阪急電鉄殺人事件』西村京太郎
祥伝社文庫、2023(初出連載2018-2019)