『両京十五日 Ⅱ 天命』馬伯庸




朱瞻基は、白蓮教徒にさらわれた呉定縁の救出に向かう。

于謙は、北京の情勢について対策を練るべく朱瞻基の叔父張泉との合流地点へ単身向かう。

呉定縁は、白蓮教徒の仏母から自らの出生の秘密を明かされる。

蘇荊渓は、常に控えめながらここぞという時に的確に一行を導くが、心の内に秘める思いがある。

四者四様、それぞれ苦難に満ちた旅路。

十五日にわたる過酷な日々の終着点は、北京紫禁城。
そこで待ち受ける陰謀の真の姿と、壮絶な闘いの結末はいかに。


怒涛の後編。

前編では朱瞻基、呉定縁、于謙、蘇荊渓の4人で見事なチームワークを発揮していたが、今回は各々の単独行動が多め。

特に、前回の記事の最後にこの作品のキーパーソンは呉定縁かもしれないと書いたが、まさにそのとおり、いやそれ以上の展開になってちょっとびっくり。

彼の思いがけない出生の秘密が明らかになるわ、単身先発隊として紫禁城に乗り込むわの大活躍。
蘇荊渓との関係もついに進展の時がっ。

出生の秘密に悩み、これまで偉大な父の陰に隠れて無為に過ごして来た呉定縁が自らの生き方を見つける物語でもあった。
途中から完全に呉定縁推しになっておりました。
最後までカッコよかったぞ。


前編で、朱瞻基一行を執拗に追い詰めて来た白蓮教徒たちの描かれ方にも変化が見られる。
白蓮教徒は、両京をまたぐ陰謀の首謀者と手を結び、その手足となっていたが、情勢は移り変わるもの。

まさに昨日の敵は今日の友。
各地で草の根ネットワークを張り巡らせている白蓮教徒は、味方にすれば無敵だった。
まさかあの恐怖の化身であった梁興甫が頼もしく思える時が来るとは。

各地で反乱を起こし、朝廷から邪教として弾圧される白蓮教。
しかしその教義の根底にあるのは、人々を煽動するようなものではなく、ただ市井の民の穏やかに暮らしたいという小さな願いだった。

呉定縁が出会った白蓮教の「仏母」唐賽児の言葉は赤裸々で率直だ。
なぜ民が白蓮教の元に集ったのか。
それは生活が苦しすぎて、嘘でもいいからどうしても心の中に希望を残しておきたかったから。

宗教の本質を突いている。
邪教を盲信する暴徒から、苦しい生活の中で小さな希望を求めた普通の人々へ、白蓮教へのイメージがガラリと変わるのが印象的だった。


旅を進めるうちに、朱瞻基は誰が陰謀を主導しているかを知る。
対峙するまでは、身勝手な理由で大勢の死者を出す騒動を起こすなんてと思っていたけど、その人物にも引くに引けない理由があったことがわかってくる。

梁興甫もそうだが、憎たらしい敵は最後まで憎たらしいままでいてくれる方がよかったよ。
彼らの内面や来し方を知ってしまうと、少し情が移ってしまう、、、
というところもキャラクター造形のうまさが光っていた。


さて、南京での朱瞻基暗殺未遂に始まった両京にまたがる陰謀は、北京紫禁城での大立ち回りの末、ようやく収束の方向へ。
このあたりもハリウッドばりのジェットコースターアクションで一気に読ませる。
はぁ、よかったよかった。
の割には残りのページ数が、、、

あぁ、そんな……
冒険物語の最後は、旅の仲間が揃って王の帰還を迎えるんだと思っていたのに。
こんな結末が待ってるなんて

少し残念で切なさが残るけど、こういう形でしか4人の旅路は終わらなかったんだろうな。


アクションありロマンスありのエンタメ性高めの作品だけど、史実に基づく歴史小説としても読ませる部分が大きい。
前編の記事で、地理や官職、故事の描写が細かいことについては書いた。

両京にまたがる陰謀が暴かれ、その遠因は、燕王であった朱棣が甥の建文帝から帝位を簒奪し、永楽帝として即位した靖難の変にあったことが明らかになった。

本来即位するはずのなかった者が強引に帝位に就く一方で、長男でないために相応しい素質を持つ者が帝位に就けない。
それぞれが悲劇を生む。

史実とフィクションとしての脚色のバランスが絶妙だと思う。
最後に明かされる謎についても、とある史実をベースにしていてリアリティがあった。


前編を読み始めた3月末から、仕事では年度末の決算期、プライベートでは親族の入院騒動がありとにかくバッタバタ。
「凶兆」と「天命」の2冊通読にひと月かかってしまった…
読了は4月末。
でも、内容は鮮明に頭に残ってるし、朱瞻基たちと一緒に自分も大冒険を終えた気分。
やっぱり長編の没入感はたまらない!

ポケミスと言えば、欧米ミステリの印象が強かったので、最初見たときは、ほほぅアジアの作品?と感じたけど、読んでみたら2000番記念に相応しい豪華な作品だった。
明代について改めて勉強したくなった。


【書誌情報】
『両京十五日 Ⅱ天命』馬伯庸
齊藤正高、泊功訳
ハヤカワポケットミステリ2001
2024(原著2020)