イヴリン嬢は七回殺される

スチュアート・タートン



「私」は森の中で目を覚ました。


自分が何者なのか、ここが何処なのか一切の記憶がない。

ただひとつ心に浮かんだのは「アナ」という女性の名前だけ。


訳もわからないまま森を彷徨ううちに、女が銃で撃たれる場面を目撃する。

あの女はアナなのか?

彼女は無事なのか?


無我夢中で森を抜け出し、とある屋敷にたどりつく。

そこはブラックヒース館と呼ばれ、どうやら「私」は招待客のひとりだったようだ。


目覚めてから数時間分の僅かな記憶だけを頼りに、館の主人一族や招待客たちと交わりながらブラックヒース館で1日を過ごす「私」。


しかし翌朝目覚めると…


なかなか刺激的タイトルに、少しページをめくると現れるお屋敷の見取図。

これ絶対好きなやつ!と読み始めた一冊。


作者のスチュアート・タートンは、2023年版「このミス」ランキングで『名探偵と海の悪魔』がランクインしてたので記憶に残っていた。

こちらも文庫化されたら絶対読もうと決めてる作品。


その前に、タートンのデビュー作を読んでおくのも悪くないね。

と、軽い気持ちで読み始めたのだけれど、この作品、かなりの重量級でありました。


読み終わった時は、無意識に詰めていた息を大きく吐き出す感じで呆然。


イギリスのお屋敷、社交界、狩猟に出かける男達、クラシカルな舞踏会など私好みの要素が満載で心躍らせていたけど、それは想像の斜め上を行く特殊設定の舞台装置でしかなかったのである。



「私」はブラックヒース館で次のようなルールに囚われてしまう。

・課題となる謎を解かない限り1日が永遠にループし、屋敷から脱出できない

・「私」は1日ごとに屋敷内の別人として目覚める

・別人になっても屋敷で経験したことの記憶は「私」に蓄積されていく

・「私」の行動は宿主の人物が元々持つ性格に影響を受ける


いきなりこんなSFみたいな設定に放り込まれて、素直に受け入れられる人がどれだけいるだろうか。


作中の「私」も然り。

最初の3日間は完全なるパニック状態のうちに終了。

読んでるこっちも何だかよくわからんけど、とりあえずやばいことになったのはわかる。


4日目の宿主がなかなか頭脳明晰な人物だったため、何とかこの世界のルールを受け入れて、脱出に向けて積極的な行動を見せる。

この辺りから俄然物語が複雑さを見せるので要注意。


複数の自分が屋敷内にいて、彼らひとつひとつの行動が全て絡み合ってくる。

日数を重ねるにつれ、手にする情報も増えてくるのでそれを上手く使って自分に有利な状況を作り出しながら真相に迫っていく。


1日ごとにタイムテーブルを作りながら読めばよかったかなと少し後悔するくらい、恐ろしく緻密に構築されたブラックヒース館の1日。

こんな物語を生み出す作者の頭の中は一体どうなってるんだろう。



しかもタイトルにもある通り、登場人物のひとりイヴリン嬢の死の謎を解くことが脱出の条件なのだが、それはどうみても、、、という状況だったりする。


謎解きに挑む「私」の前に、アナと名乗る女性や「黒死病医師」の扮装をした謎の人物が現れる。

彼らは敵なのか味方なのか、、、

さらに「私」を妨害する「従僕」の脅威も迫り、サスペンス要素も読み応えがある。



なぜブラックヒース館ではこのようなことが起きるのか、

それが「私」にどう関わってくるのか、

というあたりの種明かしも、俄然SFっぽさが出てきて面白い。

そうきたか、、、



全体的にミステリとしてももちろん面白いんだけど、それよりもまず頭に浮かぶのが、

凄いものを読んだ

という感想。


読み終わってどっと疲れた気がするけど、早速時系列をメモしながら再読したくなってきた。



【書誌情報】

『イヴリン嬢は七回殺される』

スチュアート・タートン

三角和代訳

文春文庫、2022(原著2018)