『駅』百年文庫37
テーマとなる一文字の漢字にまつわる古今東西の名作短編を3作収めるポプラ社の百年文庫。
「駅長ファルメライアー」ヨーゼフ・ロート
オーストリアのとある駅で駅長を務めるファルメライアーは、ある日駅の近くで起きた事故現場で一人の女性を介抱する。
「グリーン車の子供」戸板康二
私は、老歌舞伎俳優中村雅楽とふたり、大阪から東京に帰る新幹線に乗っていた。
劇場の支配人が手配したグリーン車の切符は、席が離れており、雅楽の隣には一人で東京まで向かうという女の子が乗っていた。
「駅長」プーシキン
19世紀初頭のロシア。
私は、とある駅に立ち寄り、そこで美しい娘に出会う。
数年後再びこの駅を訪れた私に、駅長は娘のその後を語る。
本棚の奥からふと見つけた一冊。
随分前に買って読んだ記憶はあるのだけど、肝心の内容はさっぱり覚えていない。
読み返してみると、「駅」を舞台に繰り広げられる人間模様がいずれも味わい深い物語だった。
さまざまな人が行き交う駅の、出逢いと別れの場という側面がクローズアップされている。
短編なので、すぐ読めてしまう割に、なかなか内容が濃い。
各作品の所感を簡単に。
「駅長ファルメライアー」と「駅長」。
意図的にか偶然か、設定も雰囲気もどこか似通った作品だ。
東欧、ロシアという近しい文化圏の作品だからということもあるかな。
どちらの作品に登場する駅も、イメージが随分日本と違う。
時代が違うということも多少あるかも知れないが、駅長は駅舎に付随する住居に暮らし、駅の一切を取り仕切っている。
駅とそこに行き交う人々が生活の一部になっている、そんな駅長に降りかかる運命の悪戯。
「駅長ファルメライアー」は、ファム・ファタールもの。
彼女の真意は最後まで掴み難い。
彼女の本心が垣間見えたと思ったところに訪れる運命の日。
あまりの結末に唖然としたよ。
あなたは彼をどうしたかったの…?
起承転結が劇的。
「駅長」は、よくある弱者の悲劇かと思いきや、最後の展開に少し救われる。
語り手の「私」の立ち位置がよくわからない。
一方、「グリーン車の子供」は、新大阪〜東京間の新幹線車内という馴染み深いシチュエーションの短編ミステリ。
いわゆる「日常の謎」もの。
老歌舞伎俳優が探偵役というのが面白い。
この時代だからこそのゆったりとした時間と人情を感じる。
今の時代はこうはいかないかな。
とりあえず、新幹線乗ってる間中ずーっとスマホ見てるだけじゃ勿体ないよね。
1冊読むと、他にも手を出したくなる。
100冊はなかなか先が遠い。
【書誌情報】
『駅』ポプラ社百年文庫37、2010
ヨーゼフ・ロート/戸板康二/プーシキン