『チョプラ警部の
 思いがけない相続』

ヴァシーム・カーン



ムンバイ警察のチョプラ警部はついに退職の日を迎えた。

この日の朝、水死体で発見された若者のことを気にかけつつも、警察署を後にして警察官人生に終止符を打った。


帰宅したチョプラを待っていたのは、生後間もない赤ちゃんゾウ。

叔父が遺産としてチョプラに託したのだ。


20年以上続けた警察の仕事から離れ、喪失感を抱えるチョプラ。

退職の日に遭遇した若者の死がどうしても気にかかっていた。


ガネーシャと名付けた子ゾウを連れて、独自に死の真相を探りはじめる。



ゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウ

以前の記事で書いたとおり、ゾウの魅力に取り憑かれて数年。
去年は、北海道円山動物園でも待望のアジアゾウの赤ちゃんが生まれ、ゾウ愛はますます燃え上がる一方。
タオと名付けられた雌の赤ちゃん、抜群の可愛さです。

そんな私の心が読まれたのかと思うようなミステリがハーパーコリンズから出版されていた。
『このミステリーがすごい!2024年版』のコラムで紹介されているのを見て、すぐに本屋に走った。

「元警官と赤ちゃんゾウがタッグを組んで事件を解決するインドミステリ」というニッチな設定に挑む作家さんがいることに感動を覚える。
ある意味特殊設定ミステリだ。

ゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウゾウ

さて、物語の舞台はインドのムンバイ。

インドといえば、今や人口は中国を超えて世界一。
金融やIT部門でも存在感を増していて、世界で最も勢いのある国かもしれない。

しかしその輝かしい発展の裏には負の側面もある。
物語の中で、インドの新と旧、明と暗が程よいバランスで配されていて、インドに対して単色のイメージを与えない。
色々な要素がモザイクのように混じり合う国の雰囲気がよく伝わってくる。
紀行ミステリとしても読める。
ただ、この作品で登場するのは、広大なインドのほんの一部ということも忘れてはいけない。


チョプラは妻ポピーとふたり、タワマンの15階に暮らしている。
健康上の理由から早期退職を決めたとはいえ、悠々自適な第2の人生が送れると信じていた。
この点で、チョプラは富裕層とまではいかないけれど十分豊かな暮らしができる身分だ。

そんなチョプラは、警察官として勤務する最後の日、被害者の母から投げかけられた
「貧しい女の貧しい息子のためには、正義なんてないのよ!」
という言葉が頭から離れない。

警察を辞めたことによる燃え尽き症候群に襲われそうなことも相まって、このやり残した事件に取り組もうとする。


ミステリとしては、いわゆる私立探偵ものなのだが、半分刑事ものでもある。
チョプラ自身がまだ警察官としてのアイデンティティを捨てきれておらず、聞き込みの折には「チョプラ警部」と名乗っている。
バレたらやばくね?
警察官時代のコネも使うし、都合良く進む感は否めない。

次作からは本格的に「私立探偵チョプラ」が始動することを期待する。


シリアスな事件調査の合間に登場する赤ちゃんゾウ、ガネーシャの可愛らしさにひたすら癒された。
ガネーシャの登場シーンはより念入りに読んだ笑
チョプラが、ガネーシャに向ける「ぼうや」という呼びかけが可愛すぎて尊い。

今回は、いきなりチョプラの元に連れて来られ、生活環境が変わったストレスで元気がない状態が続くのは心配したよ。
しかし、物語の終盤でチャプラはガネーシャのために素敵な住まいを整えた。
次作以降、さらに大活躍してくれそうな予感。

ベィビー・ガネーシャ探偵事務所シリーズはさらに長編4編と中編2編が刊行されているそうだ。
ハーパーコリンズさん、ぜひ翻訳を!!



【書誌情報】
『チョプラ警部の思いがけない相続』
ヴァシーム・カーン
舩山むつみ訳
ハーパーBOOKS、2023