『後宮茶華伝』

仮初めの王妃と邪神の婚礼

はるおかりの




凱王朝、嘉明帝の御代。


勅命により、皇兄高秋霆が二度目の婚姻を挙げようとしている。

相手は、秋霆と顔馴染みの女道士・孫月娥。


月娥はかねてより秋霆に想いを寄せており、この婚姻に胸を弾ませていた。

しかし迎えた初夜の床で、秋霆は月娥に指一本触れることなく立ち去ってしまう。


秋霆は、かつて母親が犯した罪の因果により妻子を失っており、月娥に同じような辛い思いをさせまいと彼女を遠ざけようとする。



時に巷間では、嘉明帝が禁圧を緩めたことに乗じて、邪教怨天教が密かに勢力を拡大させていた…


待ってました。

久しぶりの新刊です。


舞台は、前作『後宮戯華伝』の10年後。

第1作『後宮染華伝』からだと30年の時が経った。

それぞれの作品に登場した人たちに再会できて嬉しい。


『染華伝』のヒロイン李紫蓮ももう60代。

太上皇となった宣祐帝こと高隆青と共に穏やかな暮らしを送っている。


『染華伝』では、愛情で結ばれた夫婦より職務上のパートナーとして側にいることを選んだけれど、演出された「寵愛」はやがて心を伴うものになっていったんだなぁとほっこり。



『戯華伝』で初々しい皇太子だった高礼駿は、嘉明帝として即位して7年。

すっかり皇帝としての貫禄十分だ。


何より、あの歳上ドジっ子キャラだった汪梨艶が、しっかり皇后やってる姿を見られておばさんは嬉しいよ。

そして『戯華伝』で結ばれた時以上にラブラブで2人のシーンはいつもキュン度高め。



隆青と紫蓮、礼駿と梨艶たちの動向も気になるけれど、今回の主役は、礼駿の兄・高秋霆。


前作でも少し登場していたけど、特にこれといった印象を残していなかった。

今回はじっくり彼の内面が描かれる。



さて、このシリーズ、主役のカップルは結ばれるものだと勝手に思っているので、秋霆と月娥も最終的には…というのは予想できたけど、そこまでの山あり谷ありがなかなか激しかった。


秋霆の実母は、『染華伝』で罪を犯した宣祐帝の妃嬪。

その罪により、秋霆は隆青の第2皇子であっても即位の可能性はない。

母の罪の償いに人生を捧げようとしている。


現代風に言うと、秋霆は加害者家族でもあり被害者家族でもある。


贖罪のため自らを律し続けて生きる一方、何でこんな目に遭わねばならないのかという想い。

その秋霆の誠実さが月娥を遠ざけてしまうのが何とも切ない。

そもそも秋霆自身に罪はないはずなのに。



一方の月娥は、憧れの人の妻になれた喜びと、彼に愛されないもどかしさを抱える。

何としても秋霆を振り向かせようと積極的に行動するのは紫蓮や梨艶とはまた違ったタイプのヒロインだ。

ちょっと危うさも感じたけど、秋霆の抱えるものを理解して彼の想いを尊重するのは紫蓮や梨艶にも共通するところかな。

秋霆を想うが故の月娥の葛藤が切ない。



毎回沢山の人物が登場するが、主要な人物にはそれぞれサイドストーリーが語られるので、肩入れしたくなるし、その後が気になる。


今回は、秋霆と同様に「運命」を抱えて生きる人物が多かった。

出自がその先の人生を決めてしまう可能性が現代よりも格段に高かったであろう時代の物語だからこそ、運命を自分の意思で変えた秋霆の決断は重みがある。



秋霆と月娥のラブストーリーが軸だけれど、あちこちで蠢く政争や陰謀も読み応え満点。

怨天教が見せる不穏な動きは、王朝の行く末に暗い影を落としている。


冒頭で、この先かなり凄惨な展開になることが仄めかされている。

礼駿や梨艶はどうなってしまうのか。

そしてそこに秋霆と月娥がどう関わってくるのか、、、


どんな王朝も頂点を過ぎればあとは滅びへの道を歩むのは世の常だけど、この穏やかな日々が1日でも長く続いて欲しいと願う幕切れ。


次作の前に、シリーズ初の短編集が刊行している。

こちらも近日中に紹介予定。



【書誌情報】

『後宮茶華伝 仮初めの王妃と邪神の婚礼』

はるおかりの

集英社オレンジ文庫、2023