『大学生物学の教科書 第5巻 生態学』



アメリカの各大学で採用されている生物学の教科書。
それを豊富な図版を盛り込んで新書で翻訳するというブルーバックスの矜持を見たシリーズ。
刊行が始まった時は、おお流石と思ったよね。

全5巻の構成は、
第1巻 細胞生物学
第2巻 分子遺伝学
第3巻 分子生物学
第4巻 進化生物学
そして、第5巻 生態学。

1〜3巻はミクロ生物学、
4、5巻はマクロ生物学。
興味ある巻を単独で読んでもいいし、
通読すれば生物学の基礎はばっちりという内容。


まえがきによると、本家アメリカのマサチューセッツ工科大学では生物学専攻に限らず全ての学生がこの教科書で学ばないといけないそうだ。

生物学の知識が自らの専攻分野に活かせるかもしれないということもあるが、
何より一般教養として、また人間も含めた生き物のあり方に目を向ける姿勢が必要だから。


こういう副専攻的な考え方を日本でももっと取り入れたらいいのに、と思う。
わたしは歴史がやりたくて文学部に行ったけど、理科全般も好き。
今にして思えば、一般教養の時にもっと数多く、真剣に理系の講義を取ればよかった。
どうしても必要な単位取るためだけに受ける講義になってた気がする。

かなり脱線したけど、わたしのような生物興味あるけどちゃんと習ったことない人の強い味方になってくれるシリーズだ。



さて、今回紹介する第5巻は、生態学。

「生態系」という言葉や概念は既に馴染み深いものになっているが、
ざっくり言うと地球上の生きとし生けるものそれぞれが関係を持ち繋がっているという考え方。

その「繋がりかた」を実験やらデータ収集によって探っていく学問なのだが、
ある特定の生物種の個体同士の繋がりから、果ては地球まるごとを相手にするようなスケールまで、切り口は無数にあるところが面白い。

具体的な実験の例がいくつか挙げられているが、どれも面白そう。
ただし、なかなかに根気の要る地道な作業ばかり…


この学問を学ぶ意義はたくさんあると思うけど、わたしは
人間という生物種を相対化する
というところが重要だと思う。

結局のところ人間だってあまたある生物種のひとつに過ぎないという謙虚な姿勢で世界と向き合うことができる。


生物の個体群同士の関わりの中には、お互いの種が協力し合ってるように見えるものもある。
例えば、ハキリアリとキノコ。
表紙の写真がハキリアリ。
ハキリアリはキノコのために葉っぱを集めているように見えるし、キノコはハキリアリのためにエサを供給しているように見える。
でも、ハキリアリもキノコも自らの生存競争のために相手を利用しているに過ぎない。

利己的な行動の集積が種の繁栄につながっていく。
それを、人間の主観で「協力している」と見るのはお門違い。

人間の主観の枠に収まらない生物の営みが、まるで精密な機械のように相互作用してこの世界を形作る、そこが生物学の面白いところ。

人間がどれだけ技術を発展させようとも、この自然の仕組みを真似したり越えたりすることはできないだろう。


最終章では、人間の活動が生態系に及ぼす影響について述べている。
人間というたった一種の種が、これほどまでの変動を引き起こしてよいのか。

その問題提起は、とても重い。


【書誌情報】
『カラー図解 アメリカ版
大学生物学の教科書 第5巻 生態学』
D.サダヴァ他
石崎泰樹・斎藤成也監訳
講談社、ブルーバックスB-1876、2014
*第1巻〜第3巻は新装版が刊行されている。