夏樹静子さんのミステリは、派手なトリックや仕掛けよりも、ストーリーで読ませる作品が多いと思いますおねがい

この『茉莉子』は、ミステリよりも物語要素の強い作品です。


主人公は、絹子と茉莉子という2人の女性。
それぞれの視点から交互に語られていく2人の人生が、いつどのように交錯していくのか…徐々に明らかになっていきますキラキラ


絹子は、京都祇園の芸妓。
東京の製薬会社社長である壺内と交際しています。
壺内は絹子のいわゆる「旦那」。
お座敷だけでなく、絹子の住まいなど暮らし全般の面倒を見ています。

交際を始めて2年が経った頃、絹子と壺内は2人の間の子どもが欲しいと切実に願うようになります。


苦しい不妊治療を始める絹子。
しかし、思うような結果が得られず、諦め切れない2人は、壺内のツテを頼りに、当時としては最先端の体外受精を行うためイギリスへ飛びます。

そして、念願の子どもを授かるのですが…


一方、茉莉子は、東京の大学生。
母、照代と2人仲良し親娘で暮らしています。
照代は、芸妓を抱える置屋「如月」の「おかあさん」であり、茉莉子自身も、学業の合間に、芸妓として週に1、2度お座敷に出ています。

ある日、茉莉子は押入れの天袋に、古い写真を見つけます。

その写真には、幼い頃の茉莉子にそっくりな少女と見知らぬ女性の姿が。

写真に写る少女は、自分のようであり、そうでないようでもあり…心の内がざわめく茉莉子。

写真のことを聞き出そうとしますが、なかなか思い切れず、母、照代との関係もどことなくギクシャクしてしまいます。

サークルの先輩、宗方の協力を得て、写真の撮影場所を探し始める茉莉子。


絹子と茉莉子とはどんな関わりがあるのか??
茉莉子の探索が進むにつれ、次第にその謎が明らかになっていきます。
このストーリー展開は見事キラキラ


また、絹子パート、茉莉子パートそれぞれに見所が多いです目

絹子と壺内が固い愛で結ばれ、どんな困難も厭わず子どもを願う姿は感動的ですおねがい

壺内には妻がいるので、絹子との関係は大っぴらにできるものではありませんショボーン
それにも関わらず、遠い異国の地に飛んでまで子どもを求める2人。
夏樹さんの描き方はどことなく品があり、2人を何だか応援したくなる!

そして、体外受精の技術や生殖医学の問題をストーリーの肝に取り込んでいることも読み応えがあります。


一方の茉莉子パート。
若者の自分探し、がテーマといった感じ。

謎の写真を見つけたことで、"自分は何者なのか"という漠然とした不安に苛まれる茉莉子。

茉莉子に協力する宗方も、自身の就職活動に苦戦中です。
エントリーシートや面接の連続で、"自分はどういう人間なのか"という自問を繰り返さざるを得ない状況で、宗方もまたアイデンティティの揺らぎに直面しています。

似たような悩みを抱えた2人の関係も注目です^ ^


自らの出生の秘密を知った茉莉子がある行動を起こすところで物語は終わります。
このラストが、いろいろ解釈ができるところ。

茉莉子は、この先前を向いて歩いていける、
そう信じたいです照れ


どちらのパートも、花街という非日常の世界と隣り合わせであることも魅力のひとつキラキラ

一般人にはなかなか垣間見れない世界である分、華やかな妄想を抱いてしまいます^ ^


ネタバレになるので、あまり詳しくは書けませんが、
最初にこの物語を読んだときは、絹子や茉莉子に感情移入して読みましたが、改めて読んでみて思ったのは、照代の存在です。
全て納得のうえとはいえ、彼女の人生は本当にこれでよかったのか…


随分前に、この作品を下敷きにした2時間ドラマがありました。
そこでは、茉莉子と照代の関係にもう一捻りあって、より複雑かつより悲劇的な結末だったように思います。


親子とは、夫婦とは、家族とは、そして生命の誕生とは…
様々な問いを投げかけてくる物語だと思います。


【書誌情報】
夏樹静子『茉莉子』
中公文庫、2001(原著1999)
ISBN4-12-203822-7